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「神との対話」 ~アセンション&意識変容~
「アセンション」が意味するものとは!ニール・ドナルド・ウォルシュの著書「神との対話」からのメッセージが、「あなた」を思い出す機会を与えてくれることを心より祈っています。
魂のパートナー
質問者:もうひとつ、魂について質問があるんです。「魂のパートナー」というものは、あるんでしょうか。

あるよ。だが、あなたが考えているのとは違うな。

あなたは、「魂のパートナー」を「自分の半身」だとロマンティックに考えている。だが、人間の魂(つまり、「個別化」されたわたしの一部)は、あなたが考えるよりももっと大きい。

質問者:言い換えれば、魂と呼んでいるものは、考えているよりも大きいてことですね。

はるかに大きい。ひとつの部屋の空気というようなものではない。一軒の家全体の空気だ。その家にはたくさんの部屋がある。「魂」はひとつのアイデンティティに制限されない。ダイニングルームというひとつの部屋の「空気」ではない。

また、魂のパートナーと呼ばれるような、個別化された2つの魂に「分裂」もしない。リビングルームとダイニングルームの「空気をあわせたもの」ではなく、一軒の邸宅全体を覆う「空気」だ。

さらに、わたしの王国にはたくさんの邸宅がある。すべての邸宅の内外を同じ空気が流れているが、ある邸宅のそれぞれの部屋の空気の方が「身近に」かんじられるかもしれない。

部屋に入って、「ここは「身近な」感じだぞ」と思うかもしれない。わかるだろう。たった「ひとつの魂」しかないのだよ。

だが、あなたの言う「個別化」された魂もまた大きく、たくさんの物質的なかたちを包んだり、出入りしたりしている。

質問者:同時に?

時というものはない。だから、「イエスでありノー」としか答えられないね。あなたの魂が包んでいる物質的なかたちのなかには、あなたが思うような「いま、生きて」いるものがある。「すでに死んだ」ものもある。また、「未来」に生きるはずのものもある。

もちろん、すべてはたったいま起こっているのだが、時間という道具のお陰で、あなたがたはそれぞれの経験を、よりはっきりと感じることができる。

質問者:すると、わたしの魂が「包んで」いる何百もの物質的な身体(「包む」というのは、面白い言葉ですね)、それがみんな、「魂のパートナー」なんですか?

そう、いままでの考えよりは、その方が正解だね。

質問者:で、わたしの魂のパートナーは以前に生きていたかもしれない?

そうだよ。あなたの言い方ではそうなるね。

質問者:そうなんだ。いや、待ってくださいよ!わかりかけたぞ!わたしの一部で「以前」に生きていた者、それが「前世」なんでしょう?

いいところに気づいたね!わかってきたじゃないか!そう、「以前」に「別の人生」を生きた者もある。また、未来の生もある。現在、地球上に住んでいる別のかたちの生も包んでいる。

そういう者に出会ったら、すぐに親近感を抱く。「きっと「前世」で一緒だったに違いない」などと言ったりする。そのとおりかもしれない。「過去の生」をともに過ごしたのかもしれない。同じ物質的なかたちで、あるいは同じ時空のなかの2つのかたちとして。


質問者:なんてことだろう、すごいな!すべての説明がつきますね!

そう、説明がつくね。



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【2008/05/14 21:00】 | 人生
あなたがたの人生は決して闘いではないし、いまもこれからも、そんな必要はない
あなたがたの人生について、もうひとつ、一般的なことを言っておきたいな。さっき、たったひとりで闘っているとしか思えないときがある、と言ったね。

質問者:ええ。

何と闘っている?

質問者:あれは、言葉のあやですよ。

いや、そうではないだろう。あれは、あなたが(他の多くのひとたちも)人生をどう考えているかを正直に示していると思うよ。あなたがは、人生は「闘い」だと考えている。ここで何かの闘いが行われていると思っている。だが、本来はそうではないし、そんな必要は全くないのだ。

質問者:失礼ですが、それはちょっと信じられません。

信じないから、現実がそうならないのだよ。あなたが信念を現実にするのだから。

いいかね、あなたがたの人生は決して闘いではないし、いまもこれからも、そんな必要はない。

わたしは、最も偉大な真実を創り出す道具(ツール)を与えた。だが、あなたがたはそれを活用しようとしない。もっと正確に言えば、間違った使い方をしている。その道具というのは、創造のための3つの道具だ。これについては、以前に詳しく話したね。覚えているかな。


質問者:思考、言葉、行為ですね。

そのとおり、よく覚えていた。いつか、わたしがつかわした霊的な師、ミルドレッド・ヒンクリーに、こう言わせたことがある。「あなたがたは、舌先三寸で宇宙を創造する力をもって生まれてきたのですよ」とね。この言葉は驚くべき意味をもっている。別の師が語った真実と同じようにね。

「あなたがたが信じることが、あなたがたに行われますように」

この2つは、思考と言葉について言っている。別の師は、行動についてこんなふうに言っているな。

「はじまりは神である。終わりは行為である。行為は創造する神、あるいは体験された神である」

質問者:あなたがおっしゃったんですよ。

あの1冊目の対話は、あなたを通してもたらされたのだ、息子よ。すべての偉大な教えは、わたしがインスピレーションを与え、人間を通して伝えられた。

インスピレーションによって動かされる者、それを恐れげもなく大衆と分かち合う者、そういうひとたちは、わたしがつかわした最も偉大な師だよ。

質問者:わたしが、そのなかにふくまれるかどうか、自信がありませんが。

あなたがインスピレーションを受けた言葉は、何百万人もの人びとと分かち合うべきものだ。何百万人もだ、息子よ。対話は24カ国語に翻訳された。全世界に広がった。偉大な師かどうかを、あなたはそんな物差しで判断するのかな?

質問者:言葉ではなく、そのひとの行動を物差しにします。

それは、大変に賢明な答えだ。

質問者:この人生のわたしの行動は、うまくわたしを語っていなし、師という資格が得られるようなものでもないのは、もちろんです。

そんなことを言うと、これまで現れた師の半分は資格がないと否定することになる。

質問者:どういう意味ですか?

『奇跡のコース』という本のなかで、ヘレン・シュクマンを通して言ったことだ。ひとは学ばなければならないことを教える。自分が完璧でなければ、完璧になる方法を教えることはできないと思うかね?確かに、あなたもひと並みに過ちと呼ぶことをしてきたが―。

質問者:ひと並み以上です・・・。

わたしとともに、この対話をもたらすという偉大な勇気も示した。

質問者:あるいは、とんでもない愚かさを。

そうして、そう自分を卑下する?あなたがたは、みんなそうだ!誰もかもがそうだ!自分自身の偉大さを否定し、自分のなかで経験できる「わたし」を否定する。

質問者:そんなことはないでしょ!わたしは、否定したことはありません!

まあ、最近はね・・・。あなたに告げよう。オンドリが鳴く前に、あなたは3度、わたしを否定するだろう。

自分自身を真実よりも小さいと考えるのは、すべて、わたしを否定することだ。自分自身を貶めるのは、すべて、わたしを否定することだ。

「自分なんかまだまだ」とか、あれこれ欠陥があるとか、何にしても不十分だという役割を演じつつ行う行為はすべて、全く(indeed)否定である。思考だけでなく、言葉だけでなく、行為における(in deed)否定である。

本当の自分についての最も偉大なヴィジョンの最も壮大なヴァージョンだけで、自分の人生を表現しなさい。さて、あなたの最も偉大なヴィジョンとは何だろうね?それは、いつの日か自分は偉大な師になるということではなかったのかな?

質問者:そうです・・・。

それなら、そうなりなさい。そうなっているのだよ。あなたが否定するまでは。

質問者:もう二度と否定しませんよ。

じゃあ、証明してごらん。

質問者:証明?

証明してごらん。

質問者:どうやって?


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【2008/05/10 21:00】 | 人生
ダルマ(法)
どの瞬間も始まった途端に終わる。それがわからないと、その瞬間のどこがこのうえなく大切なのかわからず、平凡なひとときにしか思えないだろう。

どんな交流も、「はじまりが始まった」瞬間に「終わりが始まる」。そのことをよく考え、深く理解してはじめて、すべての瞬間の、そして人生そのものの貴重さが充分にわかるだろう。

死を理解しなければ、生命は与えられない。理解するだけではいけない。生を愛するように、死を愛する必要がある。

これが最後だと思えば、誰かと一緒のひと時が輝くだろう。どの瞬間も、経験するのはこれが最後だと思えば、計り知れないほど重いものになるだろう。死から目をそむけているから、自分自身の生命を考えなくなるのだよ。

何かを深く見つめれば、相手を見抜くことになる。何かを深く考えれば、それを見抜くことになる。そうすれば、幻想は消え、真の姿が見えてくる。そのときはじめて、本当に楽しむことができる。そこに喜びを加えることができる(楽しむ、とは、相手に喜びを加える:en-joyということだ)。

そうすれば、幻想さえ楽しめる。幻想だとわかれば、それも楽しみの半分になる!本物だと考えるから苦しみが生じる。

死もまた幻想だとわかれば、「死よ、汝の針はいずこにある?」と言える。それどころか、死を楽しむことだってできるよ!誰かの死を楽しむことさえできる。

死は決して終わりではなく、常にはじまりだ。死は閉じられたドアではなく、開かれたドアだ。生命が永遠であることを理解すれば、死は幻想で、その幻想があなたの意識を身体に集中させ、身体が自分だと信じさせていることがわかる。だが、あなたは身体ではない。だから、身体が朽ち果てても、あなたとは何の関わりもない。

死は、真の生命とは何かを教えている。生命は、避けられないのは死ではなく、移ろいゆくことだと教えている。移ろいゆく、それだけが真実だ。不変なものは何もない。すべては変わる。一瞬一瞬に、一時一時に。

これがダルマ(法)であり、ブッダだ。これが、ブッダの法(ダルマ)だ。これが教えであり、師だ。これが教訓であり<マスター>だ。すべてはひとつしかない。それをほぐしたのはあなただ。あなたの生が展開するようにと、ほぐしたのだ。

花が散るのを見て、あなたは悲しむだろう。だが、花は樹全体の一部で、変化してまもなく果実をつけるのだとわかれば、花の真の美しさが見える。花が開いて落ちるのは、樹が果実をつける準備だとわかれば、生命が理解できる。そこを注意深く見つめれば、生命とはそれ自身のメタファーであることがわかるだろう。

あなたは花ではなく、果実さえない。あなたは樹だ。あなたは、わたしのなかに深く根を張っている。わたしはあなたが芽生える土であり、あなたの花も果実もわたしに還って、わたしはさらに肥沃な土になる。こうして、生命は生命を生み、決して死を知ることはない。

質問者:美しいですね。本当に美しい。ありがとうございます。


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【2008/04/21 21:00】 | 人生
どんな魂でも、意思に反した経験が訪れることはない
質問者:生命というのは、永遠にいつまでも続くんですね、そうなんでしょう?

もちろん、そうだよ。終わりはない。

質問者:輪廻転生は事実なんだ。

そうだ。望めばいつでも、死すべきかたちに戻れるよ。「死ぬ」ことができる物質的なかたちに。「戻るかどうか」、「いつ戻るか」、それは自分で決める。

質問者:いつ去るかも決めるんですか?いつ死ぬかを自分で選ぶんですか?

どんな魂でも、意思に反した経験が訪れることはない。そもそも不可能なのだ。魂がすべての経験を創造しているのだから。魂にかけているの物は何もない。すべてをもっている。すべての智恵、すべての知識、すべての力、すべての栄光。魂は、あなたのなかで決して眠らず、決して忘れない部分だ。

魂は、身体が死ぬことを望むか?いや。魂はあなたが決して死なないことを願っている。だが、身体を離れることはなる。身体のかたちを変えて、物質的な身体のほとんどを残していく。そのかたちにとどまる目的はもうないと悟った瞬間に。


質問者:わたしたちが決して死なないことを魂が願っているとしたら、なぜ、わたしたちは死ぬんですか?

死にはしない。かたちを変えるだけだ。

質問者:そうならないようにと魂が願っているなら、どうして、そうなるんですか?

魂はそんなことを願っていない!あなたは「移ろいゆくかたち」だ!

特定のかたちにとどまっても、もう何の役にも立たなくなったとき、魂はかたちを変える。自分の意思で、喜んでかたちを変え、宇宙の車輪の上を進む。大きな喜びを感じながら。

質問者:悲しみつつ死ぬ魂はないんですか?

魂は死なないよ、決して。

質問者:いや、そうではなくて、現在の物質的なかたちの変化、つまり「死」を悲しむ魂はないんですか?

身体も決して「死なない」。魂とともにかたちを変えるだけだ。だが、あなたが言いたいことはわかる。だから、あなたがたの言葉を使って説明しようか。

「あの世」で自分が何を創造したいか、はっきりわかっていれば、あるいは死後は神のもとに戻り、一体となるというはっきりした信念をもっていれば、魂は決して「死」を悲しんだりしない。その場合の死は、輝かしい瞬間、すばらしい経験だ。魂は自然なかたち、本来のかたちに戻る。信じられないほど軽くなる。全体的な自由、融通無碍だ。「ひとつであるもの」の認識、それは至福だ。その変化を魂が悲しむことはありえない。

質問者:それでは、死は幸せな経験だとおっしゃるんですか?

そうありたいと思う魂にとっては、常に幸せな経験だよ。

質問者:魂がそんなに身体から離れたいのなら、なぜ、さっさと離れてしまわないんですか?一緒にいるのが不幸なら、どうして、もたもたしているんでしょう?

魂が「身体から離れたがっている」とは言わなかったよ。離れるときは、喜んで離れるといったのだ。それとこれとは、別のことだ。何かをしていて幸せで、それから別のことをしてまた幸せだ、というのはありうるだろう。2つめのことが楽しいからって、最初のことが不幸なわけではない。

身体とともにいる魂は不幸ではないよ。それどころか、現在のかたちのあなたといること身体とともにいる魂は不幸ではないよ。それどころか、現在のかたちのあなたといることを、楽しんでいる。しかし、そこから離れることもまた楽しいということは、充分にありうる。


質問者:死について、わたしが理解してないことがたくさんあるようですね。

そう。だから、考えたくないんだよ。しかし、人生のどんなときでも、その瞬間を意識した途端に、死と喪失について考えずにはいられないはずだ。そうでなければ、全く人生がわかっていないことになる。半分を知っているにすぎない。


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【2008/04/20 21:00】 | 人生
魂の最大の望みは、自分自身のさらに高い側面を経験することだ
質問者:どんな物質的なかたちでもいいんですか?それじゃ、動物に戻る魂もありうるわけですね。メウシが神かもしれないんですね?つまり、聖なるメウシですか?聖なるメウシか!

(えへん)

質問者:すみません。

どうも、あなたは一生、お笑いを演じてきたようだな。その点ではなかなかいい線をいっているよ。

質問者:まいったな。一本、とられましたね。シンバルでもあったら、ジャーンと打ち鳴らすところだな。

ありがとう。さて、真面目な話だがね、ご同輩・・・。

あなたの基本的な質問、つまり魂は動物そして戻れるかという問いの答えは、もちろんイエスだ。だが、実際問題として戻るだろうか?たぶん、それはないだろうな。

質問者:動物には魂があるんですか?

動物の目を見つめたことがあれば、わかるはずだ。

質問者:それじゃ、うちのネコがおばあちゃんの生まれ変わりではないと、どうしたらわかるんですか?

わたしたちが話しているプロセスは進化だよ。自己の創造であり、進化だ。進化は一方向に進む。上へ。とにかく上へ。

魂の最大の望みは、自分自身のさらに高い側面を経験することだ。だから、ニルヴァーナと呼ばれる場所、存在のすべてとの全的な一体化を経験するまで、決して下には向かわず、常に進化の過程の上へ向かう。存在のすべて、つまりわたしと一体化するまで。

質問者:でも、魂がもっともっと高い自分を経験したいと願っているなら、どうして、わざわざ人間に戻ったりするんですか?それじゃ、「上へ」向かうことにはならないんじゃありませんか。

魂が人間のかたちに戻るとしたら、それは、さらに進化するためだよ。人間という存在の進化レベルは、実に様々だ。ある者は何度も何百回も人生をやり直しながら、上に向かって進化していく。だが、魂の最大の望みである上昇は、低位の生命のかたちに戻ったのでは達成できない。だから、そこへ戻ることはありえない。魂がついに存在のすべてと再開し、ひとつになるまでは。

質問者:それじゃ、毎日、システムに「新しい魂」が参加して、低位の生命のかたちをとるんですね。

いや。すべての魂は、いっぺんに創られている。すべてがいま、ここにある。

魂はまた、特定のレベル、特定の生命のかたちで「リサイクル」することもできる。もし、輪廻転生がなく、物質的なかたちに戻れなければ、魂は成し遂げたいと思うすべてを一生で成し遂げなければならない。一生とは、宇宙の時計で測れば、一瞬のそのまた10億分の1よりも短いのだよ。だから、もちろん輪廻転生はある。それが真実であり、目的にかなっており、完璧なのだ。



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【2008/04/18 21:00】 | 人生
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④神とひとつになること
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