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「神との対話」 ~アセンション&意識変容~
「アセンション」が意味するものとは!ニール・ドナルド・ウォルシュの著書「神との対話」からのメッセージが、「あなた」を思い出す機会を与えてくれることを心より祈っています。
金持ちの権力者が大衆を搾取している
さて、今日の新聞には、他にも何が書いてあるかな?

質問者:A4面には、「連邦政府、住宅差別禁止を再強化」とあります。「連邦政府住宅局は施策を立案中・・・住宅面での人種差別を強制的に廃絶するための最も真剣な努力を行う」という記事です。

どうして、そんなことを強制しなければならないのか、あなたがたは自問すべきだな。

質問者:公正住宅法というのがあって、人種や肌の色、宗教、性、民族的出自、身体的・精神的障害、家族構成などを理由にした住宅差別を禁じているんです。だけど、地元では殆ど、そういう偏見をなくそうとしていませんね。この国ではまだ、持ち家を誰にかすか貸さないかも含めて、自分の所有財産をどうしようが自分の勝手であるべきだと考えているひとが多いんです。

貸し家の所有者全員が、誰に貸すか貸さないかを勝手に決められるとすれば、そしてその選択があるカテゴリー、ある階層のひとたちへの集合意識や一般的な姿勢を反映するとすれば、人口のある割合のひとたちは、きちんとした住まいを見つける機会を制度として妨害されることになる。それに、ほどほどの家賃できちんとした住まいが供給されなければ、地主やスラムの悪徳家主が酷い状態の住宅のままでろくに修理もせず、法外な家賃を取るだろう。この場合は、「財産権」を名目に、やはり、金持ちの権力者が大衆を搾取しているのだよ。

質問者:まあ、財産の所有者にも何らかの権利はあるべきでしょうが。

だが、少数者が権利を振りかざして、多数の権利を踏みにじってもいいのかな?それもまた、すべての文明社会が直面してきた課題だね。個人の権利よりも、全体の幸せが優先されるときは来るのか?社会には自らに対する責任があるのではないか?あなたがたの国の公正住宅法は、イエスという答えのひとつだね。そうした法律が守られないのは、「ノー、大事なのはわれわれの権利だけだ」という金持ちと権力者の回答だ。ここでもまた、現大統領と政府は強硬に施策をを推し進めている。歴代大統領のすべてが、これほど積極的に金持ちや権力者たちにたてついてきたとは限らないが。

質問者:そうですね。新聞には、クリントン政権発足以来の僅かな期間に、住宅局はこれまでの10年間よりも多くの査察を行ったと書いてあります。公正住宅協会というワシントンの諮問グループの代表は、公正住宅法を守らせるというクリントン政権の姿勢は、彼らが長年、これまでの政府に働きかけてきて果たせなかったことだと述べていますよ。

そこで、現大統領はまた、金持ちと権力者を敵にまわしたわけだ。製造業者、実業家、製薬会社、保険会社、医師、医療関係企業、それに賃貸住宅の持ち主。みんな、金と影響力をもっているひとたちだよ。クリントン大統領は試練にさらされるだろうね。

質問者:いまでさえ、もう―1994年4月―彼に対する圧力は高まっています。


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【2008/02/01 07:00】 | 政治
金持ちは労働者の大量搾取によって利益を得ている
質問者:わかりました。今日は1994年4月9日、土曜日です。わたしが見ているのは、サンフランシスコ・クロニクル紙なんですが。

よろしい。どのページでもいいから、開いてごらん。

質問者:それじゃ、A7面はどうでしょう。

結構。何が書いてある?

質問者:見出しはこうです。「発展途上国、労働権について議論」。

なかなかよろしい。続けて。

質問者:労働権をめぐる先進国と発展途上国との「昔ながらの分裂」についての記事ですね。一部の発展途上国の指導者は、「労働権拡充のキャンペーンが、低賃金労働者によって生産される彼らの製品を、豊かな国の消費者市場から不当に締め出す手段になり兼ねないと危惧」していると書かれています。

それから、ブラジル、マレーシア、インド、シンガポールその他の発展途上国を代表する交渉担当者が、世界貿易機関に、労働権の政策を起案する恒久的な委員会の設置に反対したそうです。

話題になっているのは、どんな権利だね?

質問者:「労働者の基本的権利」と書いてありますよ。強制労働の禁止とか、職場の安全基準の確立、団体交渉の機会の保障といった権利です。

それで、どうして発展途上国は、そういう権利を国際協定に含めたがらないのだろう?理由を教えてあげようか。だが、その前に、そういう権利に抵抗しているのは、発展途上国の労働者ではないことをはっきりさせておこう。発展途上国の「交渉担当者」は、工場を所有し、経営しているのと同じ人物、あるいは、極めて近い人物だ。言い換えれば、金持ちの権力者だよ。

アメリカで労働運動が盛んになる前と同じで、金持ちは労働者の大量搾取によって利益を得ている。

アメリカやその他の豊かな国々の大金もちが、彼らを密かに支援しているのは確かだね。

自国ではもう、不当に労働者を搾取することができないから、発展途上国の工場の所有者を下請けに使って(あるいは、現地に工場を建設して)、それでなくても恥ずべき利益をさらに増やすために、まだ保護されていない外国の労働者を搾取しようというのだよ。

人道的な関心ではなく、経済的な関心が世界を動かしている限り、人間が魂ではなく身体への関心を最優先させている限り。

質問者:そう、おっしゃるとおりでしょうね。この新聞のA14面にはこんな見出しがあります。「ドイツ、不景気に怒り」―小見出しはこうです。「戦後最高の失業率によって、貧富の格差さらに広がる」。

そう。それで、記事の中身は?

質問者:ドイツでは一時解雇されたエンジニア、教授、科学者、工場労働者、大工、コックなどの間に、不満が渦巻いているそうです。ドイツは景気後退に見舞われており、「この苦難が公平に分担されていないという感情が広がっている」と言います。

その通り。公平に分担されていないね。なぜ、そんなに大勢解雇されたか書いてあるかい?

質問者:ええ。怒っているのは、「労働コストが低い国へ事業を移した使用者に雇用されていた労働者」たちですって。

ほう。今日のサンフランシスコ・クロニクル紙を読んだ大勢のひとたちは、A7面とA14面との繋がりに気づくかな。

質問者:記事には、一時解雇の際には女性労働者が真っ先にクビになるとも書いてあります。「全国の失業者の半分以上が女性で、東ドイツでは三分の二近くを占めている」そうですよ。

もちろん、そうだろう。そこで、あなたがたの大半は見たくも、認めたくもないと思っていることを指摘しよう。あなたがたの社会経済的メカニズムは、ある階層のひとたちをシステマティックに差別している。あなたがたは平等な機会を与えていないのに、平等だと大声で抗議する。自分たちがつくったフィクションを信じなければ、いい気分でいられないし、大体は真実を見せられると相手を恨むものなんだよ。あなたがたはみんな、証拠を突きつけられても否定するだろうね。

あなたがたの社会では、見たくないものを見まいとして砂に頭を突っ込んでいるダチョウだ。



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【2008/01/31 07:00】 | 政治
システムと制度は、金持ちと権力者がつくったものだ
アメリカ人は階級を、個人の努力の結果だと見る傾向がある。誰かが「成功」できれば、誰でもできるはずだと思う。だが、その考え方は単純で幼稚すぎる。ところが、メキシコと同様にアメリカでも、金持ちと権力者は自分たちの金と力を握り締め、さらに増やそうと画策し、奮闘しているのだよ。

質問者:だから?それが、いけないことですか?

そのために、彼らはシステマティックに競争を排除し、制度的に真の機会を極々ちっぽけなものにし、富の流れや蓄積を集団的に支配している。

彼らは、不公正な労働慣行で世界の貧しい大衆を搾取し、学閥のネットワークを利用して競争を有利にし、成功者の仲間に入ろうとする新参者を(叩き潰さないまでも)できるだけ制限することまで、あらゆる手立てを尽くしている。それから世界中の公共政策や政府の政策を支配し、大衆が規制され、コントロールされ、従属したままいるように仕向けようとしている。

質問者:金持ちがそんなことをしているとは信じられないな。とにかく、そんなに多くはないでしょう。ごく一部には、そういう陰謀をたくらんでいるものもいるでしょうけど・・・。

大抵の場合は、金持ち個人がしているのでない。彼らが代表する社会的システムと制度がそうなっている。そのシステムと制度は、金持ちと権力者がつくったものだ。支えているのも、金持ちと権力者なのだよ。そういう社会システムと制度に隠れれば、個人は、金持ちと権力者を優遇し、大衆を抑圧する社会の責任から逃れる。

アメリカの医療保険制度を例にとってみようか。世界で最も豊かな国アメリカで、何百万人もの貧しい人が救急病院にでも担ぎ込まれない限り、医者に見てもらうことができない。なのに誰ひとり、医師個人を指して「あなたの仕業だあなたの責任だ」と言うことはできない。責めを負うべき医師は誰もいないが、しかしすべての医師がそのお陰で得をしている。医療専門家全部が―それに関連の産業が―差別する制度のお陰で、前代未聞の利益を上げている。しかも、これは「システム」が豊かな者をさらに豊かに、貧しい者をさらに貧しくしているほんの一例に過ぎない。

要するに、そうした社会構造を支えているのも、少しでも変えようとする試みにかたくなに反対しているのも、金持ちと権力者だということだ。彼らは、すべてのひとに真の機会と本当の尊厳を与えようとする政治的、経済的な試みのすべてに反対する。金持ちや権力者の大半は、ひとりひとりをとれば感じのいい人たちで、憐れみや共感も人並みにもっている。だが、年間所得の制限といった、彼らの立場を脅かす考え方を示されると、権利の侵害だの「アメリカ方式」の破壊だの、「インセンティヴが奪われる」だのと文句を言い出す。

それでは、すべてのひとが最低限、飢え死にせずにすむ食事と、凍えずにすむ衣服があって、人間らしい環境で暮らす権利はどうなるのか?金持ちなら指をぱちんと鳴らす程度の努力で避けられる、些細な医療にまつわる問題で苦しんだり、死んだりせずにすむという権利はどうなるのか?

地球の資源は―制度的に虐げられ続け、言葉にできないほど貧しい大衆の労働の成果も含めて―世界中のひとのものであって、金持ちや権力者だけのものではない。その搾取はこんなふうに行われる。金持ちの実業家は、仕事が全くなくて、人びとが貧困にあえぐ絶対的に貧しい国や地域に出かけていく。そこで、工場を建設し、貧しいひとたちに―ときには一日10時間から12時間、14時間労働の―仕事を提供し、非人間的というわないまでも劣悪な賃金を支払う。ねずみが走り回る村から労働者が抜け出せるほどではないが、食べ物も住まいもない暮らしに比べれば、ともかく生きていける程度の賃金だ。

それから、おの資本家たちは言う。「どうだい、前よりも生活条件はよくなっただろう?わたしたちが、彼らの暮らしを引き上げてやったんだ!彼らは仕事に就いた、どうだろう?彼らにチャンスをやったんだよ!しかも、すべてのリスクを負うのはこちらだからな!」。一足125ドルで売るスニーカーを作る労働者に、75セントの時間給を支払って、どんなリスクがあるというのだろう?これはリスクを負うことか、それとも単純明白な搾取か?こうした恥ずべきシステムが存在しうるのは、貪欲に動機づけられ人間の尊厳ではなく、利潤率が最優先される社会だけだよ。

「彼らの社会の標準からすれば、あの農民たちは結構な暮らしをしている!」と言うひとたちは、第一級の偽善者だ。彼らは溺れているものにロープを投げてやっても、岸に引き上げてはやらない。そして、石を投げるよりロープの方がいいだろうと、うそぶく。

ひとを本当に尊厳ある場に引き上げてやる代わりに、「もてる者」たちは世界の「もたざる者」に、依存するしかないものを与える。だが、本当の力はもたせない。本当に経済力をもった者は、「システム」におとなしく従うだけでなく、影響を及ぼす能力を持つからだ。システムをつくったものは、それだけは防ぎたいのだ!だから、謀略は続く。金持ちと権力者の大半は、謀略に肩入れする行動をやりはしない。沈黙していることが謀略なのだ。

だから―自分の道を―進みなさい。そして、ソフトドリンクの売り上げを伸ばした企業のエグゼクティヴに7000ドルのボーナスが支払われ、一方では7000万人のひとがその商品を飲むこともできないほど、まして健康に暮らすための食事などできないほど貧乏なのを放っておく、恥ずべき社会経済システムについては、黙っているがいい。このシステムを恥ずべきだと思わなくていい。それが自由市場経済の世界だと、誰にも胸を張って自慢すればいい。ただし、こう書かれているのだよ。

―もし、あなたが完全にこうなりたいなら、

帰って、あなたの持ち物を売り払って、貧しい人たちに与えなさい。

そうすれば、あなたは天に宝を積むことになります。

その上で、わたしについてきなさい。

ところが、青年はこの言葉を聞くこと、悲しんで去っていった。

この人は、多くの財産をもっていたからである。



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【2008/01/29 07:00】 | 政治
わたしの世界では、善は限りがない
質問者:でも、また堂々巡りですよ。集合意識というのは、個人の力を弱めるのではありませんか?

そこを考えてみようか。地球上の誰もが基本的なニーズを満たしていれば―大衆が人間らしい暮らしをし、生きるための闘いをせずにすめば―人類がもっと高貴な目標を追求する道が開けるのではないかな?

個人の栄光のために、普遍的な人間の尊厳が犠牲にされなければならないのだろうか?他者を犠牲にして得られる栄光とは、どんな栄光だろうね?

わたしは、すべてのひとを充分に養って余りある資源を与えた。それなのに、なぜ毎年、何千人も餓死しなければならないのか?何百万人もがホームレスにならなければならないのか?何百万人もが、せめて人間らしい暮らしをしたいと叫ばなければならないのか?

そうしたことに終止符を打つ援助は、ひとの力を弱めるような援助ではない。

恵まれたひとたちが、相手の力を弱めることになるから、飢えたひとやホームレスを助けるのは嫌だ、と言うなら、そのひとたちは偽善者だ。誰かが死に掛けているとき、本当に「恵まれて」いる人間など、誰もいない。社会の進歩の度合いは、最も貧しいひとたちをどう扱っているかではかられる。前にも言ったように、ひとを助けることと傷つけることとの間でバランスをとる方法を見出さなければならない。それが課題だ。

質問者:何か指針のようなものがありますか?

全体的な指針は、こういうことになるだろうね。どちらか疑わしいときには、間違ってもいいから同情心、憐れみの側に立ちなさい。助けているか、傷つけているかを判断するためには、こういうことを考えればいい。あなたが助けた結果、相手は拡大するだろうか、縮小するだろうか?相手は大きくなるか、小さくなるか?能力が高まるか、それとも低下するか?

質問者:何でもかんでも与えたら、ひとは働く気をなくすと思いますね。

だが、最も単純に人間らしく暮らすためには、どうして働かなくてはならないのか?誰もが人間らしい暮らしができるはずではないか?どうして「自分で働く」ことと、人間の尊厳とが関係するのか?基本的な人間の尊厳とは、生まれたときから持っている権利ではないのか?そもそも、そうあるべきではないのかな?

最低水準以上のことを望むなら―もっと多くの食べ物、もっと大きな住まい、もっとすばらしい衣服を望むなら―目的を達成しようと自分で努力すればいい。だが、生きるだけのために苦労しなければならないのだろうか。すべてのひとに行き渡るだけの、充分なものがある地球の上でだよ?

それが、人類が直面している問題の核心だ。

課題とは、万人が平等にすることではなくて、すべてのひとに最低限の人間らしい暮らしを保障すること、その上で、それ以上の、何を望むかをそれぞれが選ぶというチャンスを与えることだ。

質問者:チャンスを与えられても生かさないものがいるんだ、と言うひともいますね。

その見方も正しい。そこで、別の問題が生じるね。差し出されたチャンスを生かそうとしないひとに、別のチャンスを、さらにまた別のチャンスを差し出してやる義務があるのかな?

質問者:ないでしょう。

わたしがそういう態度をとったら、あなたがたは永遠に地獄をさ迷っているだろうな。いいかね。同情心に限度はないし、愛に終わりはなく、神の世界の忍耐は決して尽きない。人間の世界でだけ、善に限りがあるのだ。わたしの世界では、善は限りがない。

質問者:わたしたちがそれに値しなくても、ですね。

あなたがたは、常に値しているのだよ!

質問者:あなたの善を投げ返すようなまねをしても、ですね。

そのときは特に「右のほうを打たれたら、左のほうを差し出しなさい。1マイル一緒に行ってくれと頼まれたら、2マイル行ってやりなさい」。

あなたが善を投げ返したら(ちなみに、人類は何千年もそうしてきたのだが)、過ちを犯したな、と思うだけだ。あなたがたは、何が自分にとって最善かを知らない。あなたがたの過ちは悪ではなく、無知のせいだから、わたしは憐れみを抱く。

質問者:でも、もともと悪だというひともいますよ。本質的に悪なんです。

誰がそう言った?

質問者:見てればわかります。

それでは、あなたはちゃんと見ていないのだ。前にも言っただろう。どんな者でも、自分なりの世界も出るにてらせば、何も間違ったことはしていない。見方を変えれば、誰もその時々に最善のことをしているのだ。誰の行為でも、すべては手にしているデータに左右される。

前にも言ったが―意識がすべてなのだよ。あなたは、何を認識しているか?何を知っているか?


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【2008/01/09 07:00】 | 政治
意識改革
では、わたしの「解決策」はないというところから始めよう。なぜか。わたしはどれも問題とは見なしていないからだ。それは事実に過ぎず、わたしは良いとも悪いとも言わない。わたしはただ、観察したことを言っている。それは見ていさえすれば誰にでもわかることだ。

質問者:わかりました。あなたには解決策もないし、こうしろああしろともおっしゃらない。それでは、観察したことを話していただけますか?

わたしの見るところ、世界はまだ全面的な解決ができる政府のシステムを見出していない。ただし、アメリカ合衆国政府はかなり目標に近いところまでいっているが。

善や公正さは政治問題ではなく、倫理上の問題だ。そこが難しいところだね。

政府というのは、善を義務付け、公正さを確保しようという人間の試みなのだが、善が生まれる場所はひとつしかない。人間の心だ。そして構成という考えが生まれる場所もただひとつ、人間の理性だ。そして、愛を本当に体験できる場所もただひとつしかない。それは人間の魂だよ。なぜなら、人間の魂が愛だからだ。

モラルを法にすることはできない。「お互いに愛し合いなさい」という法律をつくることはできない。だから、前と同じで、また堂々巡りをしてしまう。だが、議論するのは良いことだから、続けよう。二度も、三度も同じことを繰り返したとしても、それはそれで構わない。いまは、どんな世界を創造したいのかを考えているのだからね。

質問者:それでは、また同じ質問をさせてください。すべての法律は、倫理的奈ルールを定めようという人間の試みではありませんか?何が「善」で何が「悪」なのか、みんなが合意したことを「法制化」したのではありませんか?

その通り。ある種の市民法―規則や規制―が、原始的な社会では必要とされている(非原始的な社会では、そんな法律は必要ない。各々が自分を律しているからだ)。あなたがたの社会は、まだ非常に初歩的な問題に取り組んでいる。道路を渡るとき、左右を見るべきか?ある種の決まりを守って売買するべきか?他人に対する行動には節度を守るべきか?

しかし、こういう基本的な法律は―殺人や殺害、詐欺を禁じることから、交通信号を守れといったことまで―本当は必要であってはいけないし、そもそも、誰もが愛の法律に従えば必要ないものなのだ。それが神の法だよ。

必要なのは、意識の面で成長することであって、政府を増長させることではない。

質問者:わたしたちが「十戒」を守りさえすれば、問題はないとおっしゃるんですね!

「十戒」などというものは、ない(もっと詳しく議論を知りたければ、一冊目の対話を読むこと)。神の法は、無法だ。あなたがたには理解できないだろうね。わたしには、何ひとつ必要ない。

質問者:その最後のお言葉を信じられないというひとは、多いでしょうね。

そういうひとには、一冊目の対話を読んでもらいなさい。全部、説明してあるから。

質問者:この世界に提案なさろうというのは、そういうことですか?完全な無政府状態?

わたしは何も提案しない。ただ、どうすればうまくいくかを話しているだけだ。客観的にそうなるということだ。それに、無政府状態―政府も規則も規制もなく、何の制約もない状態―でうまくいくとも言っていない。そんなことが可能なのは、進んだ存在にとってだけだし、わたしの見るところ、人間はそこまでいってはいないね。だから、あなたがたが成長して自然に正しいことをするようになるまでは、ある程度の統治は必要だろう。とりあえずあなたがたは、なかなかうまく統治している。あなたがさっき指摘した点は、まさにその通りで反論の余地はない。放っておかれると、ひとは「正しい」ことをしない場合が多いね。

本当の問題は、なぜ、政府はこれほど多くの規則を国民に押し付けるのか、ということではなく、なぜ、そうしなければならないか、ということだよ。答えは、あなたがたの分裂した意識にある。

質問者:わたしたちが、お互いをばらばらだと考えているという事実ですね。

そう。

質問者:でも、わたしたちがばらばらでなければ、一体だということになります。そうすると、わたしたちはお互いのことに責任があるということになりませんか?

そうだよ。

質問者:個人の偉大さを妨げませんか?わたしが他者のすべてに対して責任があるとすれば、共産党宣言が正しいことになりますよ!「能力の応じてとり、必要に応じて与える」という、例のあれが。

前にも言ったとおり、それはとても高貴な考え方だ。だが、冷酷に強制されると、高貴さが失われる。そこが、共産主義の難しいところだ。頭で考える概念ではなく、実行が難しいのだよ。

質問者:その概念は力ずくで強制しなければならない、なぜなら基本的な人間性に反するからだ、そう言うひとたちもいます。

うまいところをついたね。変える必要があるのは、基本的な人間性だ。そこを何とかしなければいけない。

質問者:お話になった「意識改革」を実現するためですね。

そうだ。



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