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「神との対話」 ~アセンション&意識変容~
「アセンション」が意味するものとは!ニール・ドナルド・ウォルシュの著書「神との対話」からのメッセージが、「あなた」を思い出す機会を与えてくれることを心より祈っています。
とある宗教、信者をつなぎとめるために・・・
質問者:どうしてですか?どうして、教義がそれほど脅かされるんですか?

教会は、善行を積め、さもないと・・・と脅していた。そこへ、輪廻転生をとくものが現れて、「このあとにもチャンスはあるし、さらにそのあとにもチャンスはある。まだまだ、チャンスはあるのだよ。心配しなくていい。ベストを尽くしなさい。恐怖にすくむことはない。今度はもっとがんばろうと決心して、進めばいい」と言った。

当然、初期の教会はそんなことに耳をかすはずがない。だから、2つの行動に出た。告解は教会に輪廻転生の教義は異端だと否定した。それから、告解の秘蹟を編み出した。告解は教会に通うものにとって、輪廻転生と同じことを約束してくれた。つまり、もう一度チャンスをくれたのだよ。

質問者:そこで、告解、つまり懺悔(ざんげ)をしない限り、神の罰を受けるという考え方が出来上がったんですね。懺悔をすれば大丈夫、神が懺悔を聞いて赦してくださる、と。

そう。だが、そこに落とし穴があった。罪の赦しは、直接神から来るのではなかった。教会を通じて与えられた。「罪の償い」にこうしなければならぬと聖職者が言い渡したのだ。普通は、罪人は祈りなさいと言われた。これで、教会員をつなぎとめておく理由が2つできたわけだ。

告解が良い切り札だと気づいた教会は、まもなく告解をしないのは罪だと宣言した。誰でも、少なくとも年に1度は告解をしなければならない。もし、しなければ、神の怒りに触れる理由がまた増える。こうして、教会は次々にルールをこしらえた。殆どは恣意的で気まぐれな規則だが、どれも神の永遠なる断罪の力を盾にしていた。もちろん過ちを懺悔すれば神に赦され、罪はまぬかれた。

ところが、別の問題が生じた。それなら、懺悔すれば何をしてもいいのだろう、と人びとが考えた。教会は困ってしまった。人びとの心から不安と恐れが消えたからだ。ひとは教会に通わなくなり、教会費が激減した。年に1度「告解」をしにやって来て、悔い改めて祈りを捧げ、罪を浄めてもらって、またいつもの暮らしに戻ってしまう。問題は明らかだった。もう一度、人びとの心に不安を恐れを叩き込まなければならない。そこで、煉獄が考え出された。

質問者:煉獄ですか?

煉獄だ。そこは地獄と似ているが、ただし永遠ではない。この新しい教義は、たとえ懺悔しても神はあなたの罪を罰するのだと宣言した。この教義では、神は不完全な魂のそれぞれに、犯した罪の数と種類に応じた苦難を言い渡す。「大罪」と「軽い罪」とがあった。

大罪を犯して、死ぬ前に懺悔しなければ、即座に地獄行きだ。

こうして、また教会に通うひとは増えた。集まる金も増えた。特に献金が増えたね。煉獄の教義には、金を払えば苦しみをまぬかれるという方法も含まれていたからだ。

質問者:はあ・・・?

教会の教えによれば、特別の免罪符をもらうことができる。ただし、これも神から直接ではなく、教会のお偉い方を通してだけ入手できる。この免罪符があれば、犯した罪の「報い」である煉獄の苦しみをまぬかれる。少なくとも、軽減される。

質問者:「態度神妙なるにつき、減刑」というわけですね?

そう。もちろん、減刑してもらえる者はごく僅かだ。大体は、教会に大金を寄付したものだな。本当に膨大な献金をすると、全免償というものをもらえる。煉獄にとどまる必要が全くなくなる。天国への直通切符だ。

この神からの特別の恵みが得られるのは、さらに僅かだ。王族かな。それに、超がつく金持ちだ。この全免償と引き換えに教会の懐に入った金や宝石、土地は膨大なものだった。

だが、こういう特権から諦め出された大衆(mass)には、欲求不満と恨みがつのった。(mass)と言っても、ミサ(mass)のことじゃないよ。

貧しい農民は司教から免償をもらうことは望めなかった。だから、一般信者はこのシステムへの信頼を失い、教会に通うものはまた減りそうになった。

質問者:で、今度は何をしたんですか?

「9日間の祈り」のロウソクを考え出した。

教会に行って、「煉獄にいる哀れな魂」のためにロウソクを1本ともし、「9日間の祈り」を捧げると(これは決まった順序であげる祈りで、かなりの時間がかかる)、亡くなった愛する者の「刑期」を何年か減らすことができる。死者はもともと神が定めたよりも早く、煉獄から出られるわけだ。

人びとは自分のためには何もできないが、少なくとも亡くなった者のために祈れるようになった。もちろん、ロウソクがともされるたびにコインが1枚か2枚、献金されれば、それも役立つだろう。たくさんの赤いガラスの向こうで、たくさんの小さなロウソクがちらちらともり、たくさんのコインが献金箱に落とされた。みんな、煉獄にいる魂にかした苦しみを、わたしに「軽減」させたいからだ。

質問者:まさか!驚いたな。それで、人びとはそのカラクリに全然気づかなかったんですか?それもこれも、教会の必死の試みで、教会は彼らが神と呼ぶ「ならず者」から身を守ろうと必死な信者をつなぎとめておこうと必死なのだ、ということがわからなかったんでしょうか。

そう、そのとおり。



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【2008/04/15 21:00】 | 宗教
不安を利用してひとをコントロールしようという試みだ
質問者:随分、たくさん話をしましたね。実にいろいろな話が出ました。この辺で話題を変えてもいいですか?

あなたは、いいのかな?

質問者:ええ、やっと、調子が出てきました。この3年間、聞きたかった質問をみんな、したいんです。

それならいいよ。どうぞ。

質問者:ありがたい。それでは、もうひとつの神秘的な謎、輪廻転生について、教えていただけますか?

もちろん。

質問者:輪廻転生なんてインチキな教義だと言っている宗教もたくさんありますね。人生は一度だけだと。

知っている。それは正しくないな。

質問者:だけど、こんなに重要なことを、どうして間違えるんでしょうか?

人間には不安をよりどころにした宗教がたくさんあって、崇拝され恐れられる神を中心にした教義が説かれている。まず、そこを理解しなくてはいけないよ。

地球の社会が母系制から父系制につくりかえられたのは、不安を通してだった。最初の聖職者たちも、人びとの「邪(よこしま)な生き方を改め」させ、「神の言葉に従わせ」るのに、不安を利用した。教会は不安を利用して教会員を獲得し、コントロールしたのだ。ある教会などは、毎週日曜日に教会へ通わなければ神の罰を受けるとさえ主張した。教会へ通わないことは罪だと宣言してね。

それも、ある特定の教会に通わなければいけないという。違う宗教の教会へ行くことも罪なのだ。これは単純素朴に、不安を利用してひとをコントロールしようという試みだ。

驚くのは、この方法が有効だったということだな。くそったれめ(hell)、まだ、有効なんだよ。

質問者:ちょっと、ちょっと、あなたは神さまでしょう。汚い言葉はやめましょうよ。

誰が汚い言葉を使った?わたしは、事実を言ったまでだよ。hell'地獄がまだ有効だ、とね。神が人間と同じように情け容赦がなく、自分勝手で、狭量で、復讐心が強いと信じている限り、ひとはいつまでも地獄を信じ、地獄に落とす神を信じるだろう。

昔、殆どのひとは、そんなことをすべて超越した神が想像できなかった。だから、「復讐心の強い恐ろしい神を畏れよ」という教会の教えを受け入れたのだ。

ひとはもともと善であり、適切に行動する、それが理にかなっているということが、信じられなかったらしい。だから、自分を律するために、神は怒り、罰を与えるという教義を教える宗教を創り出さなければならなかった。輪廻転生という考え方をすると、その教義がめちゃくちゃになるからね。



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【2008/04/14 21:00】 | 宗教
宗教とは
質問者:いいです、わかりましたよ・・・もう、充分です。だが、それまでのあいだ―それに、この対話を読むことがないひとたちが―いまここで、智恵を、明晰さを取り戻し、神のもとへ戻るためには、どんな道をたどればいいんですか?宗教に戻るべきですか?それが、失われた輪(ミッシング・リング)なんですか?

霊性に戻りなさい。宗教のことは忘れなさい。

質問者:それを聞いたら、怒るひとがたくさんいますよ。

人びとは、この本に怒りを覚えるだろう・・・ただし、そうでないかもしれない。

質問者:でも、どうして宗教のことは忘れろとおっしゃったんですか?

なぜなら、あなたがたのためにならないから。いいかな、組織的な宗教が成功するためには、ひとに宗教が必要だと思わせなければならない。ひとに何かを信じさせるためには、自分自身への信頼を失わせなければならない。

だから、組織的宗教の第一の仕事は、あなたがたに自分自身への信頼を失わせることなのだ。

二つ目はの仕事は、あなたにはない回答を宗教がもっていると思わせることだ。

そして三つ目、最も大切な仕事は、その回答をあなたがたに何の疑問もなしに受け入れさせることだ。


もし疑問をもてば、あなたがたは考えはじめる!考えれば、自らの内なる源へと戻っていく。

それでは、宗教は困る。宗教が与える答えと別の答えを出すかもしれないから。だから、宗教はあなたがたに自分自身を疑わせる必要がある。素直に考える力を疑わせる必要がある。

宗教の問題は、それがしばしば裏目に出るということだ。あなたがたが自分を疑わずにいられないとしたら、宗教に与えられた神についての新しい考え方も疑わずにいられない、そうだろう?

まもなく、あなたがたはわたしの存在すら疑う―皮肉なことに、それまでは疑ったこともなかったのに。直観を信じて生きていれば、わたしについてあれころ想像したりせず、わたしの存在をただ直観していただろう!

不可知論を創り出したのは、宗教だ。

宗教がしたことがはっきりと見える者なら、宗教には神はないと思うだろうね!人びとの心を神への恐怖でいっぱいにしたのは宗教だから。かつて、ひとは輝かしい存在として神を心から愛していたのに。神の前にぬかずけとひとに命じたのは宗教だ。かつて、ひとは喜びに満ちて神に手を差し伸べていたのに。神の怒りへの不安をひとに背負わせたのは宗教だ。かつて、ひとは負担を軽くしてくださいと神に願っていたのに!

ひとに肉体や肉体の自然な機能を恥じさせたのは宗教だ。かつて、ひとはその機能を生命の最大の贈り物として喜んでいたのに!神に届くためには仲立ちが必要だと教えたのは宗教だ。かつて、あなたがたは善と真実に生きていたら、神に届くと信じていたのに。そして、人間に神を崇めよと命じたのは宗教だ。かつて、人間には崇めずにはいられなかったから、神を崇めていたのに!

宗教はどこへ行っても分裂を創り出す。それこそ、神の対極だ。宗教は神とひととを分け、ひととひととを分け、男と女を分ける。宗教によっては、男性は女性よりも上だ、神は男性より上だという者さえある。それによって、人類の半分に強制される最大の滑稽な仮想が始まった。

いいかね。神は男性より上ではないし、男性は女性より上ではない。それは「物事の自然の秩序」ではない。力をもつもの(つまり男性)が男性崇拝の宗教を創り出したときに、そう望み、「聖なる書物」の最終版の半分を削除し、残りの半分を男性世界のモデル似合うようにねじ曲げただけだ。

現在にいたるまで、女性は劣っている、霊的に二級市民だ、神の世界を教えるには「ふさわしくない」、神の世界を語り人びとを導くにはふさわしくないと主張しているのは、宗教だ。

あなたがたは、いまも子どものように、どちらの性が神によって聖職者と定められているかと議論している。

いいかね。あなたがたはすべて聖職者だ。ひとり残らず、そうなのだ。

神の仕事をするのに特に「ふさわしい」どんな階層も、どんなひともいない。

だが、あなたがたの多くは、国家と同じだ。力に飢えている。力を分け合うのを嫌がり、ただ行使しようとする。そして、同じような神を創り出す。力に飢えた神だ。力を分け合うのを嫌がり、ただ行使しようとする神だ。だが、いいかね。神の最大の天分は、神の力を分け合うということだ。

あなたがたも、わたしのようになることだね。

質問者:でも、わたしたちはあなたのようになれませんよ!それじゃ、冒瀆です。

そうしたことを教える方が、冒瀆だよ。いいかね。あなたがたは、神をかたどって、神に似せて創られた。あなたがたは、その運命を実現するためにここに来た。

あなたがたは奮闘し、闘った挙句「そこ」へ決して行き着かないから、ここに来たのではない。わたしも、あなたがたに完遂できない使命を与えはしなかった。

神の善を信じ、神が創り出したものの善を信じなさい―聖なる自分自身を信じなさい。



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【2008/02/08 07:00】 | 宗教
ある宗教…、あの宗教…、宗教・・・
質問者:でも、とにかく地獄に行くのとは違う。地獄は永遠ですから。だって、大罪を犯したまま死ねば、真っすぐ地獄行きです。

大罪?

質問者:罪には、小罪と大罪とがあるんです。魂に小罪を負って死んだ場合には、煉獄に行くだけです。大罪だと、そのまま地獄へ直行です。

小罪と大罪とは、例えばどんなものがあるのか、説明してくれないか?

質問者:ええ、いいですよ。大罪は、重大な罪です。神学的な重罪、例えば殺人、レイプ、盗みです。小罪は神学的な過ちでしょうか。日曜日に教会へ行かないとか、昔なら、金曜日に肉を食べたとか。

ちょっと待ってくれないか!あなたがたの神は、金曜日に肉を食べたものを煉獄に送るのかね?

質問者:ええ。でも、今は違います。1960年代初めから、そうではなくなりました。でも、それ以前なら、金曜日に肉を食べると、大変なことになったんです。

本当かい?

質問者:本当ですとも。

それではどうして、60年代までは「罪」だったものが、もう罪ではなくなったのかな?

質問者:法王様が、もう罪ではないとおっしゃったからです。

なるほど。では、あなたがたの神というのは、強制的に神に礼拝させ、日曜日には無理やり教会へ行かせるのかな?罰で脅して?

質問者:ええ、ミサに欠席するのは罪です。もし懺悔(ざんげ)しなかれば―魂が罪を背負ったまま死ねば―煉獄へ行かなければなりません。

では子どもはどうなる?神の愛についての、そういった「ルール」を知らない、無垢な幼い子どもは?

質問者:クリスチャンの洗礼を受けない内に死んだ子どもは、天国と地獄の間にある、リンボーへ行きます。

どこへ?

質問者:リンボーです。そこは、懲罰を受ける場所ではないけれど、天国でもないんです。それが、つまり・・・リンボーなんですよ。神とともにいることはできませんが、少なくとも「地獄へ行く」ことは免れます。

どうして無垢な美しい子どもが神とともにいられないのかね?何も悪いことをしていないのに・・・。

質問者:洗礼を受けていなかったんです。どんなに罪のない無垢な赤ん坊でも―赤ん坊に限りませんが―天国に行くには洗礼を受けなければなりません。そうでないと、神さまは受け入れてくれないのです。だから、子どもが生まれたら、できるだけ急いで洗礼を受けさせる必要があるんですよ。

そういうことを誰に聞いたのかね?

質問者:神さまです。教会を通じて、ですが。

どの教会?

質問者:ローマカトリック教会ですよ、もちろん。神の教会ですから。カトリック教徒は、他の教会に行ってはいけないんです。それも罪です。

しかし、教会へ行かないことが罪なのだろう?

質問者:ええ。でも、間違った教会へ行くことも罪です。

「間違った」教会とは?

質問者:ローマカトリック教会以外の教会は全部です。間違った教会で洗礼を受けるのもいけないし、間違った教会で結婚するのもいけない。間違った教会へ行くこともいけないんです。それは身をもって体験したから、よく知ってますよ。両親と一緒に知り合いの結婚しいに招待されたことがあります。招待されただけではなくて、先導役を頼まれていました。でも、修道女たちに、それは間違った教会だから、招待を受けてはいけません、と言われましたよ。

それで、あなたは従った?

質問者:修道女の言葉にですか?いいえ。神さまは―あなたは―他所の教会にもおいでになると思いましたから、行きました。タキシードを着て祭壇の前に立って、良い気分だったな。

それはよかった。では、こういことだね。天国があり、地獄があり、煉獄があり、リンボーがあり、大罪があり、小罪がある―他にも何かあったかな?

質問者:ええと、堅信礼(けんしんれい)があり、聖体拝領(せいたいはいりょう)があり、懺悔がありますね。それから、祓魔(ふつま)があり、終油(しゅうゆ)の秘跡があります。それから―守護聖人があり、労働をしないでミサに出席する、つとめの祝日という聖日があります―。

どの日もみんな聖なる日だよ。どの一分も聖なる刻(とき)だ。いま、この瞬間も聖なる刻だし。

質問者:そうですね。でも、本当に聖なる日というのがあるんです。つとめの祝日です。その日も教会に行かなければなりません。

おやおや、また「ねばならぬ」かな。もし、行かなかったら、どうなるのかね?

質問者:罪になります。

それで、地獄へ行くのか。

質問者:魂が罪を負っていると、煉獄へ行くことに成ります。だから、懺悔をした方がいいんです。それも、できるだけしょっちゅうした方がいい。毎週、懺悔するひともいます。毎日というひともいますし。そうすれば罪は綺麗に拭われる―清められますから、もし死ぬようなことがあっても・・・。

やれやれ、いつも不安におののきながら生きているようだな。

質問者:でも、それが宗教の目的でしょう。宗教は、神への恐れを植え込むんです。そうすれば、誘惑に勝って、正しい行いをしますから。

おやおや。だが、懺悔と懺悔の間に「罪」を犯し、事故かなんかで死んだらどうなるのかな?

質問者:大丈夫、慌てることはありません完全に深く悔い改めればいいんです。「おお、神よ、わたしは神に背いたことを心から悔やみ・・・」

わかった、わかった・・・もう充分だよ。

質問者:待ってください。これは世界の宗教のひとつに過ぎません。他の宗教のお話もしましょうか?

いや、もうわかったよ。

質問者:読者のなかに、自分の信仰を馬鹿にされたと思うひとが出てこないといいんですが。

あなたは誰も馬鹿にしてはいない。ただ、ありのままをを述べただけだ。アメリカ大統領のハリー・トルーマンと同じだよ。

「あいつらに地獄を見せてやれ、ハリー!」と群衆が叫んだとき、彼はこう答えたんだ。「地獄なんか見せてやらなくていい。彼らの言葉をその通り引用したら、まるで地獄のような気分になるよ」と。



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【2007/11/11 07:00】 | 宗教
人間関係 その18
質問者:前にも「ルールなんかない」という宗教のことは聞いた事があります。宗教的なアナーキズムですね。それで、どうしてうまくいくのかわかりません。

うまくいかないはずがない。あなたが自分自身を創造するという仕事に励むなら。一方、他人の期待に答えるのが務めだと思うなら、ルールも指針もないために難しくなるかもしれない。

だが、少しでも考えるひとなら不思議に思うのではないか。もし神が、わたしにこうせよと望むなら、どうして最初からそのように創られなかったのか、と。どうして、神が望む自分になるために、自分を「克服する」闘いをしなければならないのか?探究心があれば、当然、それを知りたがるだろう。最もな疑問だからだ。

宗教家たちは、わたしがあなたがたを真の自分より劣るものとして創ったと信じ込ませている。真の自分になれるかもしれないが、それにはあらゆる困難を克服しなければならないと、あなたがたは思っている。さらに言うならば、わたしに与えられたあらゆる自然な性質まで克服しなければならないと思っている。

その自然な性質の中に、罪を犯すという性質が含まれているというわけだ。あなたがたは罪を背負って生まれた、そして罪のうちに死ぬだろう、本質的に罪人だと。

その罪を自分ではどうすることもできないと教えている宗教さえある。どんなふうに行動しようと関係ないし、何の意味もない、自分の行動次第で「天国へ生ける」と考えるのは傲慢だ、と言う。

天国へ行く(救済の)道は唯ひとつで、自分の行動とは何の関係もなく、神が神の子を仲立ちとしてあなたがたを受け入れてくださるという恵によって救われるだけだ、そう教えている。

そういう宗教は、神が受け入れてくれれば「救われる」が、それまでは、何をしようと、どんな生活を送ろうと、何の効果もないし、何の影響力もない、という。自分自身の価値を高めることはできない、なぜなら本質的に無価値だからだ、という。そのように創られているのだ、というわけだ。

どうしてか?それは神のみぞ知る、ということらしいな。神は過ちを犯したのかもしれない。うまく創造できなかったのかもしれない。あるいは、神はすべてをやり直せたらいいと思っているのかもしれない。だが、実際にはこうなってしまった。さて、どうしたものか・・・。



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【2007/09/20 18:00】 | 宗教
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