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「神との対話」 ~アセンション&意識変容~
「アセンション」が意味するものとは!ニール・ドナルド・ウォルシュの著書「神との対話」からのメッセージが、「あなた」を思い出す機会を与えてくれることを心より祈っています。
最も深い真実を変化させなさい
質問者:それでも、わたしたちはひとを批判しようとする。何が許され、何が許されないか、自分の考えが年中変化するのに、違う考えのひとを非難する。全く、呆れたものですね。自分の気持ちすらきちんと決められないのに・・・。

それは問題ではないよ。何が「正しい」か、何が「間違っている」か、考え方が変化することは問題ではない。変わるべきなのだ。そうでなければ、成長しない。変化は進化の産物だからね。

問題は大勢のひとが、現在の価値観は正しい、完璧だ、誰もがそれに従うべきだとしつこく考え続けてることだ。なかには、自己を正当化し、独善に陥っているひとたちもいる。

自分のためになるのなら、信念にこだわりなさい。信念を持ち続けなさい。迷わなくていい。何が「正しく」、何が「間違っている」と考えるか、それによって自分が決まるのだから。しかし、ひとにあなたの考え方を押し付けてはいけない。sれに、現在の信念や習慣に「しがみつき」、進歩のプロセスを阻んでもいけない。

実は、したくてもできないのだがね。性目は、あなたにおかまいなしに進んでいく。同じところに留まるものは何もないし、変わらないものもない。変わらないとは、動かないことだ。動かないとは死ぬことだ。

生命はすべて動きだ。岩でさえも動きに満ちている。すべてが動く。すべてだ。すべては次の瞬間には変わっている。変わらないものはない。。同じところに留まること、あるいは留まろうとすることは、生命の法則に反した動きだ。それはばかげている。その闘いでは、常に生命が勝つ。

だから、変化しなさい!そう、変わりなさい!何が「正しく」、何が「間違っている」かという考え方も変えなさい。あれこれについての意見も変えなさい。自分の組成、自分の構造、自分のモデル、自分の理論を変えなさい。

最も深い真実を変化させなさい。後生だから(for goodness' sake:神のために)、自分自身を変えなさい。これは文字通りの意味だよ。神のために、自分自身を変えなさい。本当の自分について新しい考え方をするから成長する。誰が、何が、どこで、いつ、どのようにして、なぜということについて新しい考え方をすれば、謎が解決し、仕掛けが暴かれ、物語が完結する。そのとき、新しい、もっと大きな物語が始まる。

すべてについての新しい考え、それこそエキサイティングな創造の場であり、あなたのなかの神が現れ、余すところなく現実化するところだ。

どんなに「良い」と思っても、もっと良いことがある。自分の神学やイデオロギー、宇宙観がどんなにすばらしくても、もっとすばらしくなれる。シェイクスピアが言うように、「天と地の間には、おまえの哲学では及びもつかないことがある」のだから。

だから、開かれていなさい。オープンでいなさい。古い真実が心地よいからといって、新しい真実の可能性を閉め出してはいけない。心地よさのゾーンが終わるところから、人生が始まる。


だが、性急にひとを批判しないこと。ひとの「間違い」は、昨日のあなたの「正義」だ。ひとの過ちは、いまは訂正した昨日のあなたの行動だ。ひとの選択と決定が「有害」で「他人を傷つけ」、「自分勝手」で、「許しがたい」としても、いままでのあなた自身もそうだったのだ。「どうしてそんなことをするのか、想像もできない」と思うのは、自分が来た道を、そしてお互いがこれから行く道を忘れているからだ。

それから、自分は邪悪だ、価値がない、取り返しがつかないと思っているひとたちに言っておこう。いつまでも迷っている者は誰もいないし、これからも決していない。全員が成長のプロセスにいるからだ。あなたがた全員が進化という経験のなかを進んでいる。

それが、わたしだから。

あなたがたを通じて、わたしが進んでいるのだから。


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【2008/03/27 21:00】 | 正邪&善悪
あなたの価値観は、あなたが「正しい」と言うから正しい。
質問者:では、どうしてわたしたちはいままで耳を傾けなかったんでしょう?どうして、あなたの偉大な約束を信じなかったんでしょうか?

それは、神が善だと信じられなかったからだ。だから、わたしの善については忘れなさい。代わりに、単純な理屈を信じなさい。

あなたを赦す必要がないのは、あなたがわたしに逆らって機嫌を損ねたりするはずがないからだ。わたしが傷ついたり、破壊されたりすることはありえないのに、あなたがたはそうできると思っている。なんという幻想だろう!なんと途方もない妄想だろう!

わたしを傷つけることはできない。どんなことがあっても、わたしは傷つかない。わたしは傷つきえないものだからだ。そして傷つきえないものは、ひとを傷つけることもできないし、傷つけようともしない。そんな必要はないのだ。わたしは無礼だ、失敬だと機嫌を損ねたり、傷つけたり、損なわれたりしない。そんなことはありえない。

あなたも同じだ。他のすべてのひとも同じだ。ただ、あなたがたはみな、自分が傷つけられ、被害を受け、破壊されてることがありうるし、そうされてきたと信じている。

被害を受けたと思うから、復讐しないではいられなくなる。苦痛を経験するから、お返しとしてひとに苦痛を与えずにいられなくなる。だが、ひとを苦しめることを、正当化できるかな?誰かが自分を苦しめた(と想像した)ら、報復として傷つけていいのか?人間として互いにしてはいけないと言っていることなのに、正当化できれば自分はしてもいいのか?

それは狂気の沙汰だよ。その狂気のせいで気づかないが、実はひとを傷つけて苦痛を与えるものは誰でも、自分は正当だと考えている。当人は、自分が望むことに照らして、正当な行動だと思っている。

あなたは彼らの世界観や道徳観、倫理観に、神学的理解に、それに決定や選択や行動に同意しないかもしれない―だが、当人は自分の価値観に照らして、それでいいと思っている。

あなたは彼らの価値観を「間違っている」と言う。だが、あなたの価値観が「正しい」というのはいったい誰だろう?あなただけだ。あなたの価値観は、あなたが「正しい」と言うから正しい。それでも、あなたが自分の言葉を守れば、多少は筋が通るかもしれないが、あなた自身、何が「正しい」か、何が「間違っている」か、考え方を始終変えている。個人でも社会でも同じことだ。

社会は数十年前に「正しかった」ことを、いまは「間違っている」と言う。そう遠くない過去に「間違っている」と思ったことを、いまは「正しい」と言う。何が正しく、何が間違っているか、誰にわかるのかね?スコアカードがなくて、選手が知ることができるかな?


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【2008/03/26 21:00】 | 正邪&善悪
他人を裏切らないために自分を裏切ること―それも裏切りだ。最高の裏切りだ
質問者:どうも、「あるべき」というのはお好きじゃないようですね。

「あるべき」という言葉がいけないのは、誰かが基準を設定する点だ。そうすると、あなたがたの行動派自動的に、何を歓びとすべきかという他人の考えに制約され、方向付けられ、指示される。

セクシュアリティについては―他のことも同じだが―制約されるだけでは済まない。結局、破壊されてしまう。男女が何かを経験したいと感じ、それから自分たちが夢見て、憧れたことが「適正基準」に違反するからとしり込みするほど、悲しいことはないではないか。いいかね、してはいけないからではなくて、「適正基準」に違反するからしないんだよ。

セクシュアリティだけではなく、人生のすべてにおいて、誰かが決めた適正基準に違反するから、やらないなどということは絶対にやめなさい。わたしが、車にステッカーを貼るとすれば、「適正基準に違反せよ」というのを貼りたいね。それどころか、すべての寝室に、この標語を掲げたいよ。

質問者:しかし、「善悪」のけじめが、社会を支えているんですよ。善悪についての共通の基準なしで、どうやって共同生活が営めますか?

「適正基準」は、あなたがたの相対的な「善悪」の価値観とは何の関係もない。人を殺すことは「悪」だと誰でも思うかもしれない。だが、雨の中を裸で走ることは?隣人の妻を奪うことは「悪」だろうが、自分自身の妻を、とりわけ甘美な方法で「奪う」ことはどうなのかな?「適正基準」は法的な制約とも関係がない。何をもって「適正」とするかという単純な話だ。

「あるべき」行動とは、必ずしもあなたがたの言う「最高の利益にかなった」行動ではない。それどころか、歓びをもたらすことは殆どない。

質問者:では、セクシュアリティにおいてお互いに合意していれば、どんな行動も許されるのですか?

それが人生の真実ではないのかな?

質問者:でも、誰が関係者か、わからないときがありますよね、それに、どうすれば―。

それについては、繊細でなければならない。鋭敏でなければならない。そして、どうしてもわからないとき、推測もできないときには、間違ってもいいから愛の側に立たなければいけない。

何を決意するにしても、一番大きな問題は、「愛していれば、どうするだろう?」と自問することだ。自分自身を愛しなさい、それから関係する全員を愛しなさい。愛し合っていれば、相手を傷つけるようなことは決してないだろう。疑問があったなら、はっきりするまで待つだろう。

質問者:でも、それでは自分が相手の「人質」になってしまいますよ。これこれのことは、相手を「傷つける」かもしれない、まず最初にそう考えていたら、行動が制限されてしまいます。

制限するのは自分自身だ。愛するものを傷つけないような、自分の行動の制限は良いことではないか?

質問者:でも、我慢することで自分が傷つくと感じたら、どうなんですか?

そうしたら、愛するひとに真実を告げなさい。自分は我慢することで傷ついている、欲求不満に陥っている。わたしはこれこれのことをしたい。愛するひとの同意が欲しい、と。同意を得られるように、真剣に努力しなければいけない。妥協が成立する、誰もが勝利できる方法を探しなさい。

質問者:そんな方法が見つからなかったら?

そうしたら、わたしは前に言ったことを繰り返そう。

他人を裏切らないために自分を裏切ること―それも裏切りだ。最高の裏切りだ。

――シェイクスピアは別の言い方をしているね。

汝、自身に真実であれ。そうすれば、昼の次に夜が来るように、決して他人を騙すこともなくなる。



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【2007/12/06 07:00】 | 正邪&善悪
ヒトラーが天国へ行った理由
質問者:どうして、ヒトラーは天国に行ったのですか?

ヒトラーは、何も「間違った」ことをしなかったからだ。ヒトラーは自分らしく行動した、それだけだ。念のために言うが、何年もの間、大勢のひとたちが、彼は「正しい」と思っていたのだよ。本人がそう思うのは当然ではないか?あなたが狂気じみた考えを思いついたとしても、それに一千万人が賛成したら、あなたは自分を狂気だとは思うまい。

世界は―ようやく―ヒトラーは「間違っている」と判断した。ということは、世界の人びとが、ヒトラー経験との関係を通じて、自分は何者であり、何者であろうとするかについて新しい考えを抱いたということだ。彼は物差しを提供したのだよ!パラメーターを設定した。わたしたちが自分自身についての考えを計測し、限界を決めるための境界を作ったのだ。対極ではあるが、キリストも同じことをしたのだよ。

キリストは他にもいたし、ヒトラーもいた。これかも出現するだろう。だから、警戒を怠ってはならない。高い意識の者も低い意識の者も、あなたとともに歩いている。それどころか、あなたが彼らと共に歩いている。あなたは、どちらの意識をとるかな?

質問者:しかし、わたしにはまだ、ヒトラーがどうして天国に行ったのか、理解できません。どうして、彼はそのような褒賞を得ることができたのですか?

第一に、死は終わりではなく、はじまりだ。恐怖ではなく、喜びだ。閉鎖ではなく、解放だ。人生で最も幸せな瞬間とは、それが終わる瞬間だ。

なぜかといえば、それは終わりではなく、形容しがたく理解不能でありながら、もっとすばらしい、平安と智恵と喜びに満ちた前進だからだ。

だから、まず理解しなければならないのは―すでに説明したとおり―ヒトラーは誰も傷つけはしなかったということだ。ある意味では、彼は苦痛を強いたのではなく、終わらせたのだよ。

「人生は苦である」と言ったのは仏陀だが、彼の言うとおりだ。


質問者:たとえ、それを認めるとしても、ヒトラーは自分が善行を行っているとは知りませんでしたよ。彼は悪事をしていると思っていたんです。

いや、そうではない。彼は「悪事」をしているとは思っていなかった。彼は同胞を助けていると思っていたんだよ。そこが、あなたには理解できていない。

どんな者でも、自分なりの世界モデルにてらせば、何も間違ったことはしていない。ヒトラーの行為が狂気のそれであり、当人は自分が狂っていることを知っていたと思うのなら、あなたは、人類の経験の複雑さを全く理解していない。

ヒトラーは同胞のために善行を行っていると考えていた。それに、彼の同胞もそう考えていたのだ!それこそが、狂気なのだよ!国の大半が、彼に同調したのだ!

あなたは、ヒトラーが「悪事」をしたと言う。よろしい。その物差しで、あなたは自分自身を定義し、自分をもっと知るだろう。良いことだ。だが、それを教えてくれたヒトラーを非難するのは筋違いだ。

誰かが教えてくれなければならなかった。

冷たさがわからなければ、熱さもわからない。下降がなければ上昇もない。左がなければ右もない。一方を非難し、一方を褒めるのはやめなさい。それはでは、真実を理解できない。

何世紀も、人びとはアダムとイヴを非難してきた。彼らは原罪を犯したのだと言われてきた。だが、いいかね。あれは最初の祝福だった。あの出来事がなくて、善悪の分別がつかなければ、あなたがたは善と悪の可能性が存在することすら知らなかっただろう!

実際、アダムの堕落といわれる出来事がなければ、善悪二つの可能性も存在しなかった。「悪」はなく、誰もが、何もかもが、常に完璧な状態で存在していた。文字通り、パラダイス、天国だ。だが、それがパラダイスであることもわからなかっただろう―完璧さとして経験することもできなかった。他のことを何も知らなかったからだ。

アダムとイヴを非難すべきか、それとも感謝すべきか?そして、ヒトラーの場合はどうだろう?いいかね。神の愛と神の憐れみ、神の智恵と神の赦し、間の意図と神の目的は、どれほど凶悪な犯罪、どれほど凶悪な犯罪者をも包み込んでしまうほど大きい。

あなたは賛成しないかもしれないが、それはどうでもよろしい。

あなたはいま、ここで発見すべきものを学んだばかりだ。



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【2007/11/16 07:00】 | 正邪&善悪
ヒトラーは黄金の機会を与えている
質問者:うーむ。確かに。でも、当初の質問から外れたようですね。

そうでもない。あなたはヒトラーについて尋ねた。ヒトラーという経験が可能になったのは、グループの意識の結果だ。多くのひとは、ヒトラーがグループを―この場合は国民を―巧みなレトリックを使って狡猾に操ったと言いたがる。こう考えれば、何もかもヒトラーのせいにして、ヒトラーだけを非難すれば済む。それこそが、大衆の望みなのだ。

しかし、ヒトラーは、何百万人もの人びとが協力し、支援し、積極的に服従しなければ、何もできなかった。だからドイツ人と呼ばれる小グループは、ホロコーストの大きな責任をになうべきだ。

しかし、ある意味では、人類という多きなグループにも責任がある。人類は、どんなに冷酷な孤立主義者でも無視できないほど惨事が広がるまでに、ドイツ国内の苦しみに無関心で、鈍感だったのだから。

いいかね、ナチの運動を発展させた肥沃な土壌は、集合意識だった。ヒトラーはそのチャンスを掴んだだけで、創り出した訳ではない。

この教訓を理解することが大切だ。常に分離と優越ばかり口にしている集団意識は、大々的な共感の喪失を生み出す。共感の喪失は、必ず良心の喪失につながる。

ちっぽけなナショナリズムに根ざす集合的な概念は、他者の苦しみを無視するくせに、自分の苦しみについては他者にすべての責任を押し付け、仕返しと「矯正」と戦争を正当化する。

アウシュヴィッツは、ナチによる「ユダヤ人問題」の解決策―「矯正」の試み―だった。ヒトラー経験の恐ろしさは、彼が人類に対して罪を犯したということではなく、人類が彼に罪を犯させたということだ。

驚かなければならないのは、ヒトラーが登場したことではなく、あれほど多数の者が彼と行動を共にしたことだよ。恥ずべきは、ヒトラーが何百万人ものユダヤ人を殺したことだけでなく、何百万人ものユダヤ人が殺されるまで、誰もヒトラーを止めなかったことだ。

ヒトラー経験の目的は、人間性を示すことだ。歴史を通じて、注目すべき教師たちが現れては、あなたがたの本当の姿を思い起こさせる目覚しい機会を提供した。これらの教師たちは、人類がもつ最高の可能性と最低の可能性を教えた。

人間とは何かについて、彼らは息を呑むような生々しい手本を示した。自覚的な意識があれば、その経験をもとに多くのものはどこに到達するかを教えてきた。

いいかね、覚えておきなさい。自覚的な意識がすべてで、経験を創り上げる。グループの意識は強力で、言語に絶する美しさや醜さを生む。どちらになるか、選択するのは常にあなたがただ。

グループの意識に満足できなければ、変える努力をしなさい。他者の意識を変える最善の方法は、こちらからお手本を示すことだ。あなたの手本だけでは充分でないなら、グループを創りなさい。他者の経験して欲しいと思う意識の源になりなさい。あなたが行動すれば、彼らも行動する。

まず、あなたから始まる。何もかも、すべてがあなたから始まるのだ。

世界が変わって欲しいと思うか?では、あなた自身の世界を変えなさい。

ヒトラーはそのために黄金の機会を与えてくれている。ヒトラー経験は―キリスト経験と同じように―深遠な意味をもち、あなた自身についての深い真実を明らかにしている。

だが、そうした偉大な認識が生きているのは―ヒトラーの場合でも、仏陀、ジンキスカン、ハーレクリシュナ、アッチラ大王、イエス・キリストの場合でも―あなたが彼らを記憶している間だけだ。

だから、ユダヤ人はホロコーストの記念碑と作り、決して忘れるなと要求しているのだ。あなたがたすべてのなかに、ヒトラーの欠片がある―程度の問題に過ぎない。人類抹殺は人類抹殺だ。アウシュヴィッツでも、インディアンが虐殺されたウーンデッドニーでもまるで同じだ。

質問者:それじゃ、ヒトラーは、人類がどれほど恐ろしいことをやってのけるかを教えるために、どこまで人間が落ちるかを教えるために、送られてきたのですか?

ヒトラーは送られたわけではない。あなたがたによって創り出されたのだ。彼はあなたがたの集合意識から生まれた。集合意識がなければ、存在し得なかった。それが教訓だよ。

分裂、分離、優越の意識―「われわれ対彼ら」、「こちら対あちら」―が、ヒトラー経験を創り出す。

聖なる友愛、統一、一体感、「あなたのもの対わたしのもの」ではなくて、「わたしたちのもの」という意識が、キリスト経験を創り出す。


「あなたの」苦痛ではなく、「わたしたちの」苦痛なら、「わたしの」喜びではなく「わたしたちの」喜びなら、人生経験のすべてがわたしたちのものなら、そのときこそ、完璧な命の経験になる。



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