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「神との対話」 ~アセンション&意識変容~
「アセンション」が意味するものとは!ニール・ドナルド・ウォルシュの著書「神との対話」からのメッセージが、「あなた」を思い出す機会を与えてくれることを心より祈っています。
「権力者」はすべての人びとの暮らしを向上させるよりも、自分が力を維持することの方に関心をもつ。「もてる者」は、自分が代償を支払わされると信じている―そして、何も手放そうとしない
質問者:でも、どうしてそうなりますか?それでも紛争はあるでしょに。

人類が外部的な事柄にこだわっている限り、その通りだ。本当に戦争をなくす方法―すべての動乱や平和の欠如に終止符を打つ方法―は、ひとつある。だがそれは霊的な解決方法だ。ここでは、地政学的な話をしているのだよ。

実際には、両方の連携が鍵になる。日常的な体験を変えるためには、現実的な暮らしの中で霊的な真実を生きられなければならない。この変化が起こるまでは、紛争は残るだろう。あなたの言うとおりだ。だが、戦争の必然性はない。殺人もいらない。

カリフォルニア州とオレゴン州の間で水利権をめぐる戦いがあるだろうか?メリーランド州とヴァージニア州が漁業権をめぐって戦うだろうか?ウィスコンシン州とイリノイ州、オハイオ州とマサチューセッツ州はどうだろう?なぜ州には戦争がないな?州の間には、さまざまな紛争や相違がもち上がるのではないか?

質問者:ええ、何年も前からそうだったでしょうね。

だが個々の州は進んで合意に達し―シンプルな自発的な合意だ―法律を守り、共通の関心ごとについては妥協し、自分の州に関することについては、それぞれ法律を定める権利をもちつづけている。

連邦法の解釈で州と州の間で紛争が起こったら―あるいはどこかが法を破ったら―問題は裁判所にもちこまれる・・・裁判所には紛争を解決する権限が認められている(州が権限を与えている)。

また、前例がなかったり、裁判所で解決をつける手段がない場合には、州と州民は代表を中央政府に送って、満足できる状況を実現する新しい法律について合意する―あるいは、せめて合理的な妥協にこぎつけようとする。これが連邦制度の仕組みだ。法律のシステム、裁判所のシステム、そして―必要ならば、武力を行使して―裁判所の決定を履行させる司法制度だよ。

誰も、このシステムに改善の余地がないとは言わないだろうが、現実にこの政治的な仕組みは2000年以上も機能してきた。国民国家に同じ方式があてはめられない理由はないだろうね。

質問者:すごく簡単ですが、それなら、どうしてこれまでそういう試みがなかったんでしょうか?

あったよ。昔の国際連盟がそうだ。それに、いまの国際連合もそうだ。

だが、ひとつは失敗し、もうひとつはほんの僅かな効果を上げているだけだ。なぜなら―最初にアメリカ合衆国に集まった13州と同じで―メンバーの各国が(特に一番力の強い国々が)、制度の変更で、自分たちは得するよりも損をするのではないかと恐れているからだ。

「権力者」はすべての人びとの暮らしを向上させるよりも、自分が力を維持することの方に関心をもつ。「もてる者」は、自分が代償を支払わされると信じている―そして、何も手放そうとしない。



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【2007/12/31 07:00】 | 世界情勢
防衛システムや攻撃兵器生産の費用を節約する
新しいドルはどこから来るんだ、と聞いたね。よろしい、新しい世界コミュニティが新税を徴収する必要はない(コミュニティのメンバー―個々の市民―は、啓蒙的な統治のもとでは、所得の10%を、社会全体のために使ってもらいたいと思うだろうが)。それに、地方政府も新税を徴収する必要はない。それどころか、地方政府は減税することだってできるだろう。すべては―すべての利益は―世界観を組みなおすこと、政治的な図式を作り変えることで可能になる。

防衛システムや攻撃兵器生産の費用を節約する。

質問者:そうか!わたしたちに軍備を撤廃しろとおっしゃるんですね!

アメリカだけではない。世界中だ。撤廃までいかなくても、大胆に縮小すればいい。唯一、残るニーズは、国内の秩序維持だろう。だから、地方の警察を強化する。毎年、予算決定時期になると、警察の強化が必要なのに資金がなくてできないと言っているではないか。同時に、戦闘用の平気や戦争の準備に費やす金を大幅に減らす。つまり攻撃用と防衛用の大量殺戮兵器を、ね。

質問者:第一に、推計が間違っていませんか。それほどの大金は節約できないでしょう。第二に、自衛用の武器まで捨てろといっても、誰も聞き入れないと思うな。

数字を見ようか。いま(この部分をあなたが書いているのは、1994年4月25日だ)、世界中の政府は合わせて毎年1兆ドルを軍備費に費やしている。1分に100万ドル一番たくさん金を使っている国々が、一番たくさんの金を他の使い道に振り向けられる。だから、大きくて豊かな国ほど、軍備縮小の利益も大きくなる。それが可能だと考えさえすればね。だが、大きくて豊かな国家は、防衛をやめられるとは考えない。自分たちをうらやみ、自分たちが持っているものを欲しがっている国に攻撃されるんではないかと恐れているからだ。

この驚異を取り除く方法は2つある。

一つ目、世界中の富と資源を世界中のひとと分かち合い、誰も他人のものを欲しがったり必要としたりしないですむようにする。そして、誰もが不安や恐怖なしに人間らしく暮らせるようにする。

二つ目、違いを解決するシステムをつくり、戦争の必要を―可能性さえもなくしてしまう。


質問者:だが、そんなことは絶対にできないでしょう。

既に、やっているよ。

質問者:本当ですか?

本当だ。その通りの政治的秩序を築く壮大な実験が行われている。その実験の名は、アメリカ合衆国という。

質問者:だって、アメリカは惨めに失敗しているとおっしゃったじゃないですか。

その通りだ。成功というには程遠い(さっきも約束したように、そのことについては―なぜ、うまくいかないかも―あとで話そう)。それでも、最高の実験には違いない。

「民主主義は最悪の制度だ。だが、他のすべてに比べればまだましだ」と言ったのは、ウィンストン・チャーチルだったね。

あなたがたの国は、個々の州がゆるやかに連携し合い、まとまrのあるグループを結成して、中央の権威に従うことにした初めての事例だ。最初は、13州のどこも嫌がったし、頑強に抵抗した。個々のすばらしさが失われることを恐れ、連合体は自分たちの最善の利益にはならないと主張した。

当時、それぞれの州がどんな風に行動したか知っておくと、参考になるだろう。

彼らはゆるやかな連合を組みはしたが、実質的に連邦政府と呼べるようなものはなかった。
だから、各州は連合規約に合意したものの、それを強制する力はどこにもなかった。

州は独自の外交を展開し、フランスやスペイン、イギリスと貿易協定などを結んだりした。州どうしの貿易も行われ、連合規約では禁じていたにもかかわらず、よその州から入ってくる商品に課税する州もあった。海のかなたから入ってくる商品と同じにね!中央政府はなかったから、商売したければ、港で税金を払うしかなかった。そのような課税は禁止しようという書面の合意があったのだがね。

州どうしの戦いもあった。それぞれの州が民兵を常備軍と考えていたし、海軍をもっている州も9つあった。「俺を踏みつけにするな」というのが、連合のすべての州の正式モットーだった。

13州の半分は独自の紙幣を発行していた(連合規約では、これも違法だった!)。

要するに、最初の13州は連合規約を結んだが、今日の国家と同じように振舞っていた。連合規約(連邦議会にだけ貨幣鋳造の権限を与えるといった取り決め)が機能していないのを知っていたが、規約を強制できる中央政府をつくって従い、規約に実効性を与えることに、各州は頑強に抵抗した。

だが、時が経つにつれて、少数の進歩的な指導者が力を伸ばし始めた。彼らは新しい連合体をつくれば失うものよりも得るものの方が多いと、市民たちを説得した。

各州が課税できなくなれば、商人は金を節約して、利益を増やすことができる。州政府もお互いから身を守る防衛費がいらなくなるから、金を節約して、本当に市民のためになる施設サービスに資金を投入できる。

戦いあうよりも協力し合えば、人びとは以前より安定し、安全になり、繁栄するだろう。各州はそれぞれのすばらしさを失うどころか、もっとすばらしくなれる。

もちろん、現実はその方向へ進んだ。今日、世界の160カ国が国家連合をつくれば、全く同じことが起こりうる。そうすれば、戦争もなくなるだろう。





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【2007/12/30 07:00】 | 世界情勢
愛は寛容を、寛容は平和を生む。不寛容は戦争を生み出し、耐え難い状況に無関心になる
質問者:二冊目の対話では、世界が直面している地政学的な問題を取り上げようとおっしゃいましたが(一冊目の対話は、個人的な問題が中心でした)、こういう展開になろうとは思ってもいませんでしたよ。

世界はそろそろバカな振る舞いをやめ、目覚めて、人類の唯一の問題は愛の欠落だということに気づいた方がいい。

愛は寛容を、寛容は平和を生む。不寛容は戦争を生み出し、耐え難い状況に無関心になる。

愛は無関心ではいられない。どうして、無関心でいられるのかわからない。

人類はすべてに対する愛と関心への一番近道は、全人類を自分の家族と考えることだ。

全人類を家族と考える一番の近道は、分裂をやめることだ。世界の国民国家は団結すべきだ。


質問者:国際連合がありますよ。

国際連合は無力で無能だ。国連を機能させるためには、全く創り直さなければならない。不可能ではないが、そうとう難しいし、めんどうだろう。

質問者:わかりました―では、どんな提案をしてくださいますか?

わたしは別に、「提案」はしないよ。ただ、観察しているだけだ。この対話では、あなたが新しい選択について語り、わたしはそれを実現する方法について述べている。現在の人びとと地球との関係について、どんな選択をするかな?

質問者:あなたのお言葉を拝借しましょう。もし、思い通りになるものなら、「全人類への愛と関心をもてるところ」にしたいです。

それがあなたの選択なら、それぞれの国民国家が世界の問題について平等な発言権をもち、世界の資源を平等に分かち合う新しい政治的なコミュニティをつくればいい。

質問者:でも、うまくいきっこありませんよ。「もてる」者は決して、自治権も富みも資源も「もたざる」者と分け合わないでしょう。大体、どうしてそんなことをしなければならないんですか?

それが、彼らの最善の利益だからだ。

質問者:そうは思わないだろうな―わたしにもそうは思えません。

あなたの国の経済に毎年何十億ドルかを付け加えることができたら―飢えたものに食べさせ、困っているものに衣服を与え、貧しいひとに住まいを与え、老人を安心させ、保険制度を改善し、誰もが人間として恥ずかしくない生活ができるようにする金だが―それは、国家の最善の利益ではないか?

質問者:そうですね、アメリカには、金持ちや中産階級の納税者の支出で、貧困者を援助すべきだと主張するひとがいます。ところが、アメリカはめちゃくちゃで、犯罪がはびこり、インフレが国民の蓄えを浸食し、大量の失業者がいて、政府はますます肥満し、学校ではコンドームを配っているんですよ。

まるで、ラジオのトークショーのようだ。

質問者:まあね。多くのアメリカ人はそんなふうに考えているんです。

それは、近視眼的だ。毎年何十億ドルもが―ということは毎月何百万ドルかの、毎週何十万ドルかの、毎日おびただしい金額の金が―システムに吸収されて戻っていくとするなら、つまりその金を、飢えたものに食べさせ、困っている者に衣服を与え、貧しいひとに住まいを与え、老人を安心させるため、保険制度やすべてのひとの尊厳のために使うなら・・・犯罪原因は永遠に失われるのではないか?ドルが経済に還元されたら、新しい職が雨後のたけのこのようにどんどん生まれはしないか?政府の仕事が減って、小さな政府さえ実現するかもしれないだろう?

質問者:一部はそうなるかもしれないけれど―政府が小さくなるとは思えませんが!―そのおびただしいお金はどこから来るんですか?新しい世界政府が徴収する税金ですか?「働いて稼ぐ」ひとたちから余分にとって、ひとをあてにして「自分の足で立とうとしない」者に与えるんですか?

あなたはそう思うのか?

質問者:いいえ。でも、そう思っているひとは、大勢いますよ。彼らにも公平な発言の機会がなくちゃ。

そのことは、もっと後で話そう。いまは横道にそれたくないのだ。だが、後でもう一度、それについてきちんと話すよ。

質問者:わかりました。



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【2007/12/29 07:00】 | 世界情勢
自分の家族は愛しているよ。ただ、誰が家族かということについて、非常に限られた見方をしている
質問者:随分厳しい見方をなさいますね。それにしても、アメリカは他のどんな国よりも、恵まれないひと、困っているひとに―国内でも、外国でも―いろいろと尽くしていますよ。

確かにアメリカはがんばっている。だが、国民総生産に対する比率から言えば、アメリカの対外援助は、もっと小さな国よりも少ないことを知っているかな?いい気になる前に周りの世界を見直すべきだろう。それでも恵まれないひとのためにベストを尽くしていると言うなら、もっともっと学ぶべきだね。

あなたがたは、浪費と退廃の社会に住んでいる。あなたがたの社会は、技術者の言う「計画された陳腐化」を中心に、すべてが組み立てられてきた。自動車のコストは3倍、耐久性は3分の1、衣服は10回着たら、ぼろぼろになる。食品には化学物質を添加して、店の棚に長く置いておけるようにし、それで人間の寿命が縮まることになっても意に介さない。スポーツチームにはばかげた努力の代償として腹立たしいほどの金を支払って応援し、持ち上げるが、教師や聖職者、致命的な病気の治療法を発見しようと闘っている研究者には、金を乞い求めさせておく。スーパーマーケットやレストラン、家庭では毎日、地球の全人口の半分を養えるほどの食べものが捨てられている。

こう言ったからって、決して責めているのではない。事実を指摘しただけだ。それに、アメリカだけではない。胸の悪くなるような態度は、世界中に広がっている。

どこでも、恵まれないひとたちはしいたげられ、生きていくのがやっとで、一方、少数の権力者は富を守り増やし、絹のシーツで寝て、毎朝、金のバスルームを使う。やせ衰え、骨と皮になった子どもたちが、涙にくれる母親の腕の中で死んでいくというのに、彼らの国の「指導者」たちは政治的腐敗につかり、寄附された食べ物は飢えた大衆の手には届かない。

こんな状況を変える力を誰も持っていないように見えるが、実は、問題は力ではない。誰も、その意志を持っていないらしい。それが問題なのだ。

だから、他人の苦難を自らの苦難と考えない限り、いつまでもこのままだろう。

質問者:では、どうしてわたしたちは、そう考えないんでしょう?毎日、悲惨なありさまを見ながら、どうして放置しておくんでしょうか?

あなたがたが、気にかけないからだ。心を向けないからだ。全地球が良心の危機に瀕している。あなたがたは、お互いのことを気にかけようと決意する必要がある。

質問者:随分悲しい質問ですけど、どうしてわたしたちは家族の一員を愛することができないんでしょう?

自分の家族は愛しているよ。ただ、誰が家族かということについて、非常に限られた見方をしている。

あなたがたは、自分の人類という家族の一員と見ていない。だから、人類という家族の問題は自分の問題だと思わない。

質問者:どうすれば、地球の人間は世界観を変えられますか?

それは、どう変えたいかによるね。

質問者:どうすれば、苦しみや悲惨な事態をなくせますか?

分裂をなくせばいい。新しい世界像をつくればいい。新しい枠組みで考えればいい。

質問者:と言いますと?

現在の世界とは、全く違ったものをもつことだ。

現在、あなたがたは世界を―地政学的な世界ということだが―それぞれが自治権をもった、別々の独立した国民国家の集まりだと考えている。

それぞれの独立国家の内部の問題は、グループ全体の問題とはみなされない―その問題がグループは全体としての、すでに手にしていた権利にてらして、個々の国家の条件や問題に対応している。グループに失うものがなければ、個々の国家の問題は放置され、グループとしては誰も意に介さない。毎年、何千人が飢え死にしようと、何百人が内戦で死のうと、暴君が地方を踏み荒らそうと、専制君主や武装したならず者がレイプし、略奪し、殺人を犯そうと、政府が基本的人権を蹂躙しようと、残る世界は手をこまねいている。そして、あれは「内政問題」だという。

だが、あなたがたの利益が脅かされれば、投資が、安全が、生活の質が危なくなれば、国家をあげ、世界を仲間に引き入れて、天使でも二の足を踏むような場所へ駆けつける。

そこで、あなたがたは大嘘をつく―人道的な行動だ、世界の弾圧されたひとたちを助けるためだという。ところが実際は、自分の利益を守っているだけだ。

その証拠には、利害関係がないところには関心をもたない。

質問者:世界の政治機構は、利己的な動機で動いているというわけだ。他にも、目が開かれるようなことがありますか?

世界を変えようと思うなら、目を開かなくてはいけない。他者の利害を自分のものとして考えることだ。それには、世界の現実をもう一度組み立てないし、それに従って行動しなければならない。

質問者:世界政府のことをおっしゃっているのですか?

その通り。


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【2007/12/28 07:00】 | 世界情勢
偉大な社会
質問者:では、どうすれば解決できるんですか?

法律をできるだけ少なくすること、ごく限られたものだけにすることだ。

大麻が禁止されている表向きの理由は、健康によくないということだ。だが、実は大麻はタバコやアルコール以上に習慣性や健康上の危険があるわけではない。では、タバコとアルコールは法律で保護されているのに、なぜ大麻は許されないのか?もし大麻が栽培されると、世界中の綿花栽培業者やナイロン、レーヨン生産者、それに木材生産者の半数が立ち行かなくなるからだよ。

実は、大麻は地球上で一番強くて丈夫で長持ちがして、役立つ材料のひとつだ。衣服用としてもこんなに優れた繊維はないし、ロープを作れば丈夫だし、パルプ原料としても、栽培も収穫も実に簡単だ。新聞の日曜版の紙を作るだけでも、毎年何十万本もの木が切り倒されていて、世界の森林の大量破壊が問題になっている。大麻を使えば、一本の木も切らずに何百万部も新聞の日曜版を印刷することができる。他にも多くの原材料の代わりになるし、コストは10分の1ですむ。

肝心なのは、そこだ。この軌跡のような植物―大麻は薬品にもなるしね―の栽培を許可すると、誰かが損をする。だから、アメリカではマリファナが違法なんだよ。

電気自動車の大量生産や、手ごろな料金の行き届いた医療制度、各家庭での太陽熱を利用した暖房や発電がなかなか実現しないのも、同じ理由からだ。

資本力や技術力だけなら、何年も前に作れたはずだ。それではなぜ、いまだにできないのか。そういうものが実現したら誰が損をするかを考えてみるといい。そこに答えが見つかるよ。

そんな「偉大な社会」をあなあは自慢に思えるかな?みんなの利益になることが実現するのを嫌がって、わめいたり暴れたりして邪魔をしている、それが「偉大な社会」だろうか。みんなの利益、大勢の利益になることが指摘されるたびに、誰もが「共産主義!」と叫ぶ。

あなたがたの社会では、大勢のひとのためになることでも、誰かが巨大な利益を上げるのでなければ、無視される。あなたの国だけではない、世界中がそうだよ。人類が直面している基本的な課題は、自分の利益ではなく、人類にとっての利益、共通の利害を基準にすることができるか?できるとすれば、どんな方法があるか?ということだ。

アメリカでは、法律を通じて共通の利益、最高の利益を追求しようとしてきた。だが、結果は酷い失敗だったな。世界で一番豊かで強い国になったのに、小児死亡率は世界でも最高の部類に入る。なぜか?貧しい人びとはお金がなくて、ちゃんとした出産の介護で受けられないからだ。あなたがたの社会を動かしているのは、利益だからね。これも、惨めな失敗の一例に過ぎない。赤ん坊の死病率が先進国の中でもトップクラスだと知ったら、国民はもっと心配しそうなものだ。ところがそうでもない。これを見ても、あなたがたの社会では何が優先されているかがよくわかる。他の国では、病人や困っているひと、老人弱者にもっと親切だ。あなたの国では、金持ちや有力者、恵まれた立場にいる者が得をする。アメリカでは、老いて退職した者85%は貧しい暮らしをしている。そういう老人たちや低所得者のかかりつけの医師は、病院の救急センターだ。よほどの緊急事でない限り医者にかかろうとしないし、予防医療的なケアは全く受けていない。

なにしろ、金を持っていない人間に何かしてやっても、利益にはならないからね・・・貧しい老人はもう役に立たない・・・。それが、あなたがたの偉大な社会なんだ―。



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【2007/12/27 00:00】 | 政治
法律は、一番力がある者が、すでにどんな権利を持っているかを記している
質問者:でも、政府は人びとが望むようにしているだけなのではありませんか?ひとが暮らすのに必要なものを社会的な規模で提供するメカニズムを作っているんじゃないですか?例えばアメリカでは、人間的な暮らしの尊厳、個人の自由、子どもの清らかさといったものをとても大切にします。そこで法律を作り、働けなくなっても尊厳のある暮らしを続けられるよう、老人の生活を保障する施策を政府に要求します。それから、すべてのひとに平等な雇用や住居の機会を保障しようとする。わたしたちと彼らのライフスタイルが違っていても、それに賛成できない場合でも、っです。それから、子どもたちが奴隷扱いされないように児童労働を法律で禁止しているし、子どものいる家庭が暮らしに困らないよう、食べ物と衣服と住まいを提供しているんです。

そういう法律は、あなたがたの社会を反映している。だが、人びとのニーズを満たすときには、一番大きな尊厳を奪わないように注意する必要がある。個人的な力の行使、個人的な創造性、熱心な創意工夫といったものがあれば、ひとは自分の面倒は自分でみられると気づく。実に微妙なバランスが必要なんだよ。あなたがたはどうも極端から極端に走りがちだ。国民のために「すべて」をしろと政府に要求したかと思えば、明日には政府の施策も法律もすべてひっくり返したがる。

質問者:ええ。でも、問題は、「正しい」資格をもっている者に(あるいは、「間違った」資格を持っていない、と言った方がいいかな)最高の暮らしのチャンスを与える社会では、自分の面倒を自分で見られないひとがあまりに多いということです。なにしろこの国では、大家族は家を貸してもらえず、女性は会社で昇進できず、正義が始終地位によってゆがめられ、金持ちだけが予防医学の恩恵をこうむり、その他にも沢山の差別や不平等が大規模に存在しているんですから。

それでは、政府は人びとの良心役をしなければならないのかな?

質問者:そうじゃないんです。国民の良心の現れが政府なんです。政府を通じて、国民は社会の欠陥を正すことを求め、希望し、その方法を決定するんです。

なるほどね。だが、もう一度繰り返すが、ひとに呼吸するチャンスを与えようとする法律で返って窒息させないように気をつけなければいけない。

倫理は法律では決められない。平等も義務付けられはしない。必要なのは、集合意識の変革であって、集団的良心の押し付けではない。

行動は(法律も政府の施策もすべて)存在から生じるべきだ。あなたが何者であるか、その真の姿を反映すべきなのだよ。


質問者:法律はわたしたちを反映していますよ!「これがアメリカのやり方だ。これがアメリカ人だ」と、みんなに言っているんです。

最善の場合はね、たぶんそうだろう。だが、多くの場合、あなたがたの法律は、国民はこうあるべきなのに、そうではない、という権力者の考えを表している。

質問:「少数のエリート」が法律を通じて、「無知な大衆」を動かしている。

その通り。

質問者:それの、どこがいけないんですか?最高に優秀な少数の人間が、社会の問題や世界の問題を見極め、解決策を提案してくれれば、誰にとっても良いじゃないんですか?

その少数者の動機によるね。それに透明性にもよる。大体、「多数者」にとって一番良いのは、自分で自分を統治させることだよ。

質問者:無政府主義ですか。うまくいくあずがありませんよ。

常に政府に指図されていたのでは、決して成長できないし、偉大にもなれない。

質問者:政府が―というのは、わたしたちが統治のために選んだ法律が、という意味ですが―社会の偉大さ(あるいは偉大でなさ)の反映だと言うこともできますよね。立派な社会は立派な法律を作るって。

それも、ごく少数の法律だね。偉大な社会には、あんまり法律は必要じゃない。

質問者:それにしても、全く法律のない社会なんて、「力は正義なり」という原始的な社会でしょう。人間は公平な競争ができるようにと、法律を作るんです。弱者か強者かとは関係なく、正しいことが通る社会です。共通の行動規模がなければ、みんなが共存できないじゃないですか。

行動規模のない、合意のない社会を作れなどと言っているわけではない。

自己の利益をもっと大きくて定義し、もっときちんと理解した上で、規範や合意を作ったほうがいいんじゃないか、と言いたいだけだ。

殆どの法律は、実は、一番力がある者が、すでにどんな権利を持っているかを記している。

例えば、禁煙だ。法律は、大麻を栽培したり、使ったりすることを禁じている。政府は、大麻は身体によくないと言う。ところが同じ政府が、タバコなら栽培しても、使っても構わないと言う。別に、身体にいいからではない(それどころか、政府は良くないとはっきり言っている)。そうじゃなくて、たぶん、タバコはこれまでもずっと使われてきたから、というのが理由だろう。

大麻が禁止され、タバコが許されている本当の理由は、健康とは関係ない。問題は経済だ。つまり、権力だよ。

あなたがたの法律は、人びとが社会をどう捕らえているか、どんな社会にしたいかを反映しているのではなく、どこに権力があるかを反映している。

質問者:ずるいな。一番議論のある分野を例に出されましたね。大抵は、それ程矛盾してませんよ。

いやいや、それどころか、殆どがそうだよ。



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【2007/12/26 07:00】 | 政治
国民を間違った方向に導こうとしない政府は、殆どない。欺瞞は政府につきものだ
質問者:それを待っていたんです。でも、二冊目の対話では世界的なスケールの全地球的な問題を扱うと聞いたときには、ここまで広がるとは思っていませんでしたが。そこで、政治の問題を取り上げるにあたって、初歩的な質問をしてもいいでしょうか?

どうでもいい質問などない。質問は人間のようなものだよ。

質問者:よかった。それでは、伺います。その国が、すでにもっている権利や利益を利用した外交政策は悪ですか?

いや。第一に、わたしの立場からすれば、何事も「悪」ではない。だが、あなたの言いたいことはよくわかるから、あなたの文脈で答えよう。つまり「悪」とは、「自分はこうありたいという選択に照らして、あなたがたのたまにならない」という意味だ。この対話の中では、善とか悪とかいう言葉は、常にそういう意味で使ってきた。本当は善も悪もないのだから。

そういう意味でだが、既に持っている権利を利用した外交政策は悪ではない。悪いのは、そうではないふりをすることだ。もちろん、殆どの国はそんなふりをする。彼らは、ある理由で行動しながら―あるいは行動せず―その行動を正当化するために別の理由をあげる。

質問者:なぜでしょう?なぜ、国はそんなことをするんでしょうね?

外交政策が決定される新の理由を知ったら、人びとが指示してくれないのがわかっているからだよ。

どこの政府でも、みなそうだ。国民を間違った方向に導こうとしない政府は、殆どない。欺瞞は政府につきものだ。

国民のために政策を決定していると思わせなければ、国民はいまのような政治を選びはしないだろう。ひとによっては、統治そのものがまっぴらだと思うだろうな。

国民のための政治だと思い込ませるのは容易ではない。大抵のひとは、政治はなんて愚かなんだろうと思っている。そこで、政府は、少なくとも国民の忠誠心を繋ぎとめておくために、嘘をつかなければならない。大きな嘘を長い間つき続ければ「真実」になる、という言葉があるね。政府という存在ほど、あの言葉の正しさをあからさまに示しているものはない。

権力者は決して、自分がどうやって権力を握ったのかを悟らせない―権力の座を維持するために何をしたか、何をするかも絶対に知らせはしない。真実と政治は両立し得ない。政治とは、目的を達成するために言う必要の在ることだけを言う―それも、適切な言い方で言う―技術だからね。

すべての政治が悪いわけではないが、政治は現実的な技術だ。大抵の人間の心理を、人間は大体利己的に行動するということを、露骨に見抜いている。政治とはつまり、権力者が自分の利益は国民の利益だと納得させようとする方法だ。

政府は利己心を理解している。だから、国民にものを与える施策を立案するのがうまい。もともと、政府には非常に限られた機能しかなかった。政府の目的とは要するに、「維持し、守ること」だった。誰かがそれに、「提供すること」をつけ加えた。政府が国民を守るだけでなく、何かを提供し始めたとき、政府は社会を維持するというより、創り出すようになった。



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【2007/12/25 07:00】 | 政治
「知識」ではなく「知恵」に重点を置いた教育
質問者:おっしゃるような学校があればいいと思います―本当に、あればいいなと思いますよ!

そう努力している学校はあるよ。

質問者:ありますか?

あるとも、ルドルフ・シュタイナーというひとが書いたものを読んでごらん。彼が創設したウォルドルフ・スクールという方式を勉強してごらん。

質問者:ああ、もちろん、その学校のことは知ってます。これ、コマーシャルですか?

いや、観察だ。

質問者:だって、ウォルドルフ・スクールのことならわたしは詳しいですからね。ご存知でしょうけれど。

知っているとも。あなたの人生のすべてが、いま、この瞬間に繋がっているのだから。わたしは、何年も前から、あなたの思いつきや体験を通じて、話しかけていた。

質問者:ウォルドルフ・スクールがベストだとおっしゃるんですか?

いや、人類があなたの言うような道を願い、あなたがこうしたい、こうありたいといっている通りのことを願っているとすれば、あの方式は有効だと言っている。ひとつの例としてあげたのだよ。どうすれば単純な「知識」ではなく「知恵」に重点を置いた教育ができるか、他にも例は挙げられる―あなたがたの星、あなたがたの社会ではごく少ないがね。

質問者:ええ、わたしもあの方式には大賛成です。ウォルドルフ・スクールと他の学校には、いろいろと違いがありますね。例を挙げてみましょうか。単純だが、印象的な例だと思いますよ。ウォルドルフ・スクールでは、先生も幼稚園から小学校まで一緒に進級して行きます。子どもたちはずっと、同じ先生に教わるんです。次々にかわるんじゃなくてね。子どもたちと先生に、どれほど強い絆が育つか、想像できますか?それにどんな価値があるか、わかりますか?先生たちは、子どもたちをわが子のようによく知ることになります。子どもたちも、普通の学校では考えられないほど、先生を信頼し、愛するようになります。子どもたちが卒業すると、先生はまた最初の学年に戻り、別のグループの子どもたちと一から始めます。ウォルドルフの先生は、生涯に4つか5つのグループの子どもしか教えないでしょう。でも、その子どもたちにとっては、普通の学校の先生とは比べものにならないほど、大切な意味を持っています。あそこの教育では、そういうパラダイムのなかで共有される人間関係と絆、愛は、先生が教える事実と同じくらい大切だと考えているんです。家庭の外のもうひとつの家庭のような学校ですね―。他にも良い教育方法がありますか?

あるよ。教育に関しては、あなたがは一応進歩している。ただし、非常に遅い歩みではあるがね。公立学校で目標を重視し、技術を身につけることに重点をおいたカリキュラムを導入しようとしただけで、大反対にぶつかる。そんなのは危険だとか、非効率的だと思う。子どもたちに事実を覚えさせたがる。しかし、進歩しているところもあることはある。まだまだ、道は遠いがね。

それに、人類があなたが言うような方向に進みたがっているとすれば、教育はオーバーホールをした方がいい、数多くの人間経験のたったひとつに過ぎない。

質問者:そうですね。政治の分野でも、改革が必要なんでしょうね。

まさに、その通り。



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【2007/12/24 07:00】 | 教育
希望は次の世代に、そしてさらに次の世代にある!
質問者:いまの混乱から脱出する方法はあるんですか?

あるとも!学校だよ!子どもたちの教育だ!希望は次の世代に、そしてさらに次の世代にある!だが、子どもたちに過去のやり方を押し付けるのは、やめなくてはいけない。過去のやり方ではうまくいかなかったじゃないか。あなたが望んでいるというところには到達できなかった。注意しないと、いま向かっているところに、本当に到達してしまうよ!

だから、足を止めなさい!ともに腰を下ろし、頭を寄せて考えなさい。人類として最も偉大なヴィジョンのなかでも、最も偉大なヴィジョンを創造しなさい。それから、そのヴィジョンを支えている価値観と概念を学校で教えなさい。

例えば、こんな教科があってもいい・・・。

①力の理解

②紛争の平和的な解決

③愛情ある関係の要素

④個性と自己創造

⑤身体と精神と魂・・・これからはどう機能するか

⑥創造性の発揮

⑦自己への誇りと喜び、他者の尊重

⑧喜ばしい性的表現

⑨公平

⑩寛容

⑪多様性と類似性

⑫倫理経済学

⑬創造的な意識と精神力

⑭認識と目覚め

⑮誠実と責任

⑯可視性と透視力

⑰科学と霊性


質問者:そういうことの多くは、いまでもおしえられていますよ。社会科という科目で。

わたしが言っているのは、週に二日、一学期間という単位のことではないよ。それぞれの項目について、別々の科目を設けたらどうかというのだ。学校のカリキュラムを根底から見直しなさいといっている。価値観に基づいたカリキュラムだ。いまは、殆ど事実に基づいて教えている。

子どもたちにはできるだけコアなる概念を理解させなさい。日付味実や統計数字を中心にするのではなくて、価値観を中心にした論理的構造を創り上げることに関心を向けさせなさい。

あなたがたの銀河系や宇宙のなかで、高度に発展した社会では(どこの社会のことかは三冊目の対話で詳しく話すことにしよう)、子どもたちがごく幼い頃から、生きるための概念を教えている。あなたがたが「事実」と呼ぶものはさほど重要でないと考えられ、もっと後になってから教えられる。

地球であなたがたが創った社会では、ジョニー坊やは幼稚園のうちに読むことを覚えるが、どうすれば兄弟に噛み付かなくなるかはわからないままだ。スージーは小学校の低学年で九九を覚え、見せられたカードをすばやく読み取ったり、暗記したりもするが、自分の身体を恥ずかしがったり、戸惑ったりしなくてもいいということは教えてもらえない。

いまのあなたがたの教育システムは答えを出すことを主にしている。だが、問いかけることを主眼にした方が、ずっと役に立つだろうに。誠実とはどういうことか?責任感とは?「公正」とは?物事の意味とは?「2+2が4」だというのはどういうことか?どんな意味を持っているのか?高度に発達した社会では、すべての子どもたちに自分で答えを見つけなさい、創りなさいと励ます。

質問者:しかし・・・それじゃ収拾がつかなくなってしまいます!

あなたがたが暮らしている社会は、収拾がついているのかな・・・。

質問者:そうは言えませんが・・・それじゃ、もっと収拾がつかなくなると言いましょう。

別に、あなたがたが習ったことや、決定したことを、一切学校で教えない方が言いといっているわけではないよ。それどころか、全く逆だ。学校で年長者たちが過去に何を学び、何を発見し、何を決定してきたかをすべて教えたとき、それは初めて役立つ。すべてがどんなふうになったか、生徒たちは観察できるからね。ところが、あなたがたは、そういうデータを「正しいこと」として教えている。データはありのまま、みせてやるべきなんだよ、データとしてね。

過去のデータを現在の真実の基礎にしてはいけないね。前の時代や体験のデータは、常に新しい問いかけの基礎で、それ以上のものではない。宝はいつも、答えではなくて、問いかけの中にある。

そして、問いかけはいつも同じだ。あなたの前にある過去のデータを見て、あなたは同意するか、反対するか?あなたはどう考えるか?それが大切なのだ。

子どもたちはきっと、親の価値観を問いかけるだろう。子どもたちが自分の価値観を創り上げる上で、親はいつだって、大きな役割を担っている。最大の役割と言っていい。学校は初等教育から高等教育まで一貫して子どもたちに、自分自身の価値観を探しなさい、その価値観をどう活用するか、どう応用するか、機能させるか―さらには、どう問いかけるかを追及しなさいと励ますべきだ。子どもたちに価値観を問われたくないという親は、子どもを愛していない親だよ。子どもを愛しているのではなく、子どもを通じて自分を愛している親だ。



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【2007/12/23 07:00】 | 教育
あなたがたがすべてに責任を負うまでは、何も変えられないのだよ
質問者:それのどこがいけないんですか?

何度も言うが、最近、世の中を眺めてみたことがあるかね?

質問者:いつも、そこへ戻るんですね。いtも、世の中を見ろとおっしゃる。だが、何もかもがわたしたちのせいじゃないですよ。世の中のことで非難されるいわれはないと思うな。

非難ではなく、選択の問題だ。人類がしてきた選択、いまもしている選択の責任があなたにないのなら、誰に責任があるのかな?

質問者:でも、すべての責任は負えませんよ。

いいかね。あなたがたがすべてに責任を負うまでは、何も変えられないのだよ。

彼らがやっただ、彼らがやっているんだ、彼らがちゃんとすればいいんだ、と言い続けていられないのだ!ウォルト・ケリーの漫画のキャラクター、ポゴのすばらしい台詞を覚えているかな―。「敵に会ったんだ。そうしたら、それがぼくたちなんだ」、あれを忘れない方がいい。

質問者:ぼくたちは何百年も同じ過ちを繰り返してきた、そうなんですね・・・。

何千年もだよ。同じ過ちを何千年も繰り返してきた。人類は一番基本的なところで、原始時代からあまり進歩していないね。しかも、なんとか変えようという試みは、みなバカにされ、笑われる。価値観を見直し、創り直そうという試みさえ、恐怖や怒りに阻まれる。それなのに、わたしはさらに、学校でもっと高い概念を教えなさいと言う。これは、危ない橋を渡ることだ。だが、高度に発達した社会では、その通りのことが行われるのだよ。

質問者:でも、問題はそうした概念が何を意味するかについて、万人の意見が一致しているわけではないってことでしょう。だから学校で教えられないんです。そんなことを導入しようとしたら、親たちが半狂乱になる。「価値観」を教えようとしている、学校はそういう場所ではないって、言い出します。

それは、親たちが間違っている!もちろん、人間がもっと良い世界を築きたがっているとしての話だが。学校はまさに、そういうことを教える場所だ。学校が、親たちの思い込みや偏見から切り離された場所だからこそ、そういうことを教えるべきなのだ。親から子どもへ価値観が伝えられてきた結果がどうなったか、良く知っているだろう。地球はめちゃくちゃじゃないか。

あなたがは、文明社会の最も基本的概念を理解していない。

どうやって、暴力なしに紛争を解決するかを知らない
どうやって、恐怖のない暮らしをするかを知らない。
どうやって、利己的でない振る舞いをするかを知らない。
どうよって、無条件に愛するかを知らない。


これは基本的な―ごく基本的な―理解だが、あなたがたは充分な理解に近づき始めてすらいない。まして実行など、お話にならない・・・何千年もの時が流れたというのに。



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【2007/12/22 07:00】 | 教育
父親の罪は息子に伝わる。家庭では、親がその親に教えられたことを教えるしかない
質問者:もっと説明していただけますか?読み書き、計算はどうやって教えるんですか?

初級からもっと上級まで、子どもたちが読むすべてのお話、物語、教科の内容は、この中核的な概念を軸にする。認識の物語、誠実を扱った物語、責任の物語だよ。子どもたちは、この概念を教えられ、植え込まれ、この概念に浸る。書くことも同じく、このコアとなる概念が中心になる。それに、子どもたちの自分を表現する能力が発達するにつれて、課される教科も同じことだ。

計算技術も、この枠組みの中で教えられる。算数と数学は抽象的でなく、生きるための宇宙で最も基本的な道具(ツール)だ。すべての計算技術の教育は、もっと大きな人生体験の中で位置づけられ、コアとなる概念とその関連事項に関心をもち、そこに重点を置くように仕向けられる。

質問者:「関連事項」といいますと?

よく使われる言い方をすれば、「派生物(スピンオフ)」だ。事実を基本にしたいまのカリキュラムに代わって、この派生物を基本に、教育も出る全体を築けばいい。

質問者:例えば?

想像力を使ってごらん。人生で大切な概念とは何だろうね?

質問者:そうですね。きっとおっしゃった誠実さかな。

それはコアとなる概念だ。そのあとは?

質問者:うーん・・・公平さ。これも大切だと思います。

そうそう。それから?

質問者:ひとに親切に優しくすること。それも、大切です。概念としては、どう言えばいいかわかりませんが。子どもたちは、そういうことを教えたいですね。

続けなさい。思いつくままでいい。

質問者:仲良くすること。寛容であること。ひとを傷つけないこと。ひとを平等に見ること。

よろしい。すばらしいよ!続けてごらん。

質問者:うーん・・・自分を信じること。それも、大事ですね。それから、えーと・・・待ってくださいよ・・・喉まで出掛かってるんだがな・・・そうだ、毅然とすることですね。概念としては、よくつかめませんが、生き方に関わることです。それに他人を尊重し、他人の生き方を尊重すること。

それもいいよ。みんないい。他にも、子どもたちが完全な人間として成長するために、深く理解しておくべきことがたくさんある。いま話したことは人生で一番大切なことなのに、学校ではそういうことを教えていない。誠実とはどういうことか。責任とは何か。ひとの気持ちを認識し、ひとの生き方を尊重するとはどういうことか。それは親が教えることだという。だが、親は自分が教えられたことを伝えるだけだ。父親の罪は息子に伝わる。家庭では、親がその親に教えられたことを教えるしかない。



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【2007/12/21 07:00】 | 教育
認識―誠実―責任
質問者:それじゃ、どんなふうにい若者を教育すべきなんですか?

第一に、彼らを霊的な存在として扱いなさい。彼らは、物理的な肉体に宿った魂だ。魂にとって、肉体に宿ることはやさしいことではない。肉体に慣れるのもやさしいことではない。とても窮屈で、狭苦しいものだ。だから子どもたちは息苦しくてふいに泣き出す。その泣き声を聞いてやりなさい。理解してやりなさい。そして、子どもたちにできるだけ「ひろやかな」気持ちを持たせてやりなさい。次に、思いやりと優しさで築いた世界を教えてやりなさい。子どもたちが何を記憶の中へ取り込むかに、充分に心配りをし、慎重でありなさい。

子どもたちは見たこと、経験したことをすべて記憶する。どうして、子宮から出た途端に赤ん坊を叩くのか?本当に、そうしなかればエンジンが動き出さないと思っているのか?どうして、それまで知っていた唯一の命のあり方から切り離された途端、母親から赤ん坊を引き離すのか?身長あ体重を測ったり、つつきまわすのはもう少し後にして、まず母親という、命を与えたくれた存在の、安らぎと心地よさを味わわせてやってもいいのではないか?

どうして、ほんの幼い頃の最初のイメージを暴力的なものにするのか?どうして、それが子どものためだなどというのか?そして、どうして愛のイメージを隠しておくのか?どうして、あなたがたは子どもたちが自分の身体とその機能を恥ずかしがったり、戸惑ったりするように仕向けるのか?喜びについて、あなたがたはどんなメッセージを子どもたちに与えているのか?身体について、どんなことを教えているのか?

どうして、子どもたちを競争が許され、むしろ奨励される学校へ入れ、「最高」で「一番多く」を学んだものに褒美を与えて「成績」を評価するのか?自分自身のペースで進ませてやらないのか?そんなやり方から、子どもたちは何を学ぶと思う?

どうして、子どもたちに動きや音楽、芸術の喜び、おとぎ話の神秘、生命の驚異を教えないのか?どうして、子どもの中に自然にあるものを引き出さずに、不自然なことを強要するのか?

また、どうして子どもたちに論理と批判的な考え方、問題解決、創造、自分の直感と最も深い内面的な知識という道具(ツール)の使用方法を学ばせず、すでに破綻しているのになお継続されているルールや、社会のシステムや、結論を記憶させるのか?最後に、ものではなく概念を教えなさい。

次の3つの基本概念を中心にした、新しいカリキュラムを考えなさい。

―認識―誠実―責任

子どもたちに幼い頃から、この概念を教えなさい。カリキュラムの最後まで、この3つの筋を通しなさい。教育のモデルをこの3つにおきなさい。すべての指導を、この3つから始めなさい。

質問者:それがどういうことを意味するのか、よくわからないのですが。

子どもたちに教えることはすべて、この3つの概念を基にするという意味だよ。



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【2007/12/20 07:00】 | 教育
若者と年長者たちとの違いはただひとつ、若者はおおぴらに行動するというだけだ
質問者:でもこの国や世界をめちゃくちゃにしたのは、いかれた若者の狂気だと言うひとたちもいます。世の中をダメにしたのは若者だ。世の中が滅びかけているのは若者のせいだ。わたしたちの価値観に基づく文化を破壊し、好き勝手なことをすればいい、「気分の良いこと」をしようと言い出して、わたしたちの暮らし方を脅かしているのは、若者たちの生き方だって。

そう、若者たちはあなたがたの暮らし方を破壊している。若者とは常にそういうものだ。だから、あなたがたは彼らを抑えるのではなく、励まさなければならない。

熱帯雨林を破壊しているのは、若者ではない。彼らは熱帯雨林の破壊をやめさせようとしているのだ。破壊しないでくれといっている。オゾン層を破壊しているのも、若者ではない。世界中で、酷い労働条件で貧しい人びとを働かせて搾取しているのは、若者ではない。死ぬほどの税金を取って、その金を戦争や武器に使うのは若者ではない。弱者や恵まれない人たちの問題を無視し、すべての人びとを養ってあまりある地球に暮らしながら、毎日何百人もの人びとを餓死させているのは、若者ではない。彼らは、そういうことはやめてくれと言っている。

偽りに満ち、ひとの心を操る政治を行っているのは、若者ではない。性的に抑圧され、自分の身体に恥辱感を抱かされて、その恥辱感を子どもたちに伝えているのは、若者ではない。「力は正義なり」という価値システムを作り上げ、暴力で問題を解決する世界にしたのは、若者ではない。彼らは、そういうことはやめてくれと言っている。やめてくれと言っているどころか・・・哀願している。

質問者:でも、暴力的なのは若者方ですよ!若者は群れて殺しあっている!法と秩序をバカにしている。どんな秩序でもお構いなしだ。わたしたちを気も狂わんばかりにさせるのは、若者ですよ!

世界を変えようという若者の叫びや願いが聞き入れられず、叶えられないとき、若者の理想が押しつぶされるとき―あなたがたが強引に自分たちのやり方を押し通すとき―愚かでない若者は、次善の行動をとる。あなたがたを説得できないのなら、と、あなたがたと同じことを始める。

若者はあなたがたと同じ行動をとっている。彼らが暴力的なら、それはあなたがたが暴力的だからだ。彼らが物質主義者なら、それはあなたがたが物質主義者だからだ。彼らが狂気じみた振る舞いをするなら、それはあなたがたが狂気じみた振る舞いをするからだ。彼らが性を道具として、恥ずかしいものとして無責任に扱うなら、それはあなたがたが同じことをしているからだ。若者と年長者たちとの違いはただひとつ、若者はおおぴらに行動するというだけだ。

年長者は隠れて行動する。年長者は若者には見られていないと思っている。だが、若者はすべてを見ている。何も隠してはおけない。若者は年長者の偽善を見て、必死でそれを変えようとする。どんなにがんばっても変えられないと、自分もまねするしかないと思う。

その点は彼らが間違っている。しかし、彼らは他の方法を教えられたことがないのだ。年長者の行いを批判的に分析することを許されなかった。ただ、記憶しろと言われてきただけだ。記憶させたことは、受け継がれて残っていく。



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【2007/12/19 07:00】 | 教育
「受け入れろ、間違いだと言うな。わたしたちは正しかった、おとなしくそう思え。」あなたがは、そんなふうに子どもを教育している。それを教育と呼んでいる
質問者:でも、それでどうしてうまくいくんですか?例えば、第二次世界大戦です。学校で広島の歴史を取り上げる場合、単なる事実ではなくて、生きる技術を教えることなんかできますか?

教室では、起こったことを正確に語ればいい。そこに至るまでの事実―あますところないすべての事実―を語るのだ。教師たちは敵と味方、両方の歴史家の見解を調べ、すべてに複数の見解があることに気づくだろう。生徒たちに事実を記憶しろと言わなくなるだろう。

その代わりに、「さあ、すべてを話したよ。事前のさまざまなこと、事後のさまざまなことも話した。この出来事について、入手しうる限りの事実を君たちは知った。この『知識』からどんな『智恵』が生まれるだろう?君たちがこの問題を解決する立場だったら、原爆投下によって解決された問題を、どう解決するだろう?もっと良い方法を考え付くかな?」と生徒たちに、問題を投げかけるだろう。

質問者:ああ、そうですね。それは簡単だ。それなら、誰だって答えられます。後知恵っていうやつですよ。過去を振り返れば、誰だって「他のやり方があったのに」と思いますよ。

それでは、どうして実行しない?

質問者:はあ、何とおっしゃいました?

どうして実行しないのか、と言ったのだよ。どうして過去を振り返り、過去に学んで、別のやり方をしないのかね?どうしてだか、教えようか?

子どもたちに過去を振り返らせて、批判的に分析させると―教育の中でそう仕向けると―あなたがたの行動に賛成しないかもしれない。その危険があるのが怖いのだ。もちろん、子どもたちは賛成しないだろう。あなたがたは、学校で子どもたちにあまり批判させない。だから彼らは街に出る。プラカードを振り回す。徴兵カードを破り捨てる。ブラジャーや国旗を焼き捨てる。あなたがたの注意を引くため、思い知らせるために、何でもする。若者たちは、常に「もっと良い方法があるはずだ!」と叫んできたのだ。

だが、あなたがたはその声を聞かない。聞きたがらない。それに、学校であなたがたが与えた事実を、批判されるのを好まない。ただ、受け入れろ、あなたがたはそう言う。わたしたちのやってきたことを間違いだと言うな。わたしたちは正しかった、おとなしくそう思え。

あなたがは、そんなふうに子どもを教育している。それを教育と呼んでいる。





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【2007/12/18 07:00】 | 教育
記憶はあてにならないものだ。良いことは覚えているが、悪いことは忘れる
本当に、30年前、40年前、50年前の方が良かったと思っているのか、と尋ねよう。記憶はあてにならないものだ。良いことは覚えているが、悪いことは忘れる。それが自然、当然なのだよ。だが、騙されてはいけない。他のひとに押し付けられたことを記憶するだけではなく、批判的な考え方をしてごらん。

さっきの例で言えば、本当に広島に原爆を落とす必要があったと思うかね?事実を知っていた沢山のひとたちの報告を研究したアメリカの歴史家は、なんと言っているか?日本帝国は原爆投下以前に、戦争を終わらせたいと密かにアメリカに打診していた。原爆を投下するという決断のどれくらいの部分が、真珠湾攻撃への復習だったのか?仮に広島の原爆投下が必要だったとしても、それではなぜ、二度目の原爆投下が必要だったのだろう?

もちろん、あなたの言う方が正解かもしれない。アメリカの見方が事実の的を射ていたかもしれない。だが、議論の核心はそこにはない。あなたがたの教育システムは、こうした問題について批判的な考え方を許さないという点、それが問題なのだ。他の沢山の事柄についてもね。

アイオワ州で社会と歴史の先生が生徒たちに、そういう事柄について突っ込んで考え、自分たちで結論を出してみようと呼びかけたら、どうなると思う?

そこが問題なのだ!あなたがたは子どもたちが自分なりの結論を出すことを嫌う。あなたがたと同じ結論を出させたがる。だから、子どもたちはあなたがたと同じ過ちを繰り返すのだよ。

質問者:でも、大勢のひとが古い価値観と現代の社会の崩壊について言っていることをどう思われますか?10代の出産の信じられない増加、福祉に頼る母親、物騒な世の中については、どうですか?

あなたがたの世界は物騒になった。それはその通りだ。だが、学校で教えたことのためにそうなったのではない。学校で教えなかったから、そうなったのだ。

あなたがたは、愛がすべてだと学校で教えなかった。無条件の愛について学校で語らせなかった。

質問者:そうなんです。宗教について話すこともできないんですよ。

その通り。それに、自分と自分の身体に、人間らしさに、すばらしい性的な自己に、誇りと歓びをもつことを子どもたちに教えようとしない。また、子どもたちが肉体に宿る霊的な存在であることを知らせようとしない。肉体に宿った霊的な存在として、子どもたちを扱おうともしない。

セクシュアリティについてもおおっぴらに語り、自由に議論し、明るく説明し、体験をさせる、高度に発達した社会では、すべての出産が祝われ、すべての母子が幸せになるように気を配られる。

最も強い権力者の見方で歴史がゆがめられたりしない社会では、過去の過ちを堂々と認め、決して繰り返さないし、自己破壊的な行動は一度起これば充分だ。


単に事実を記憶させるだけではなく、批判的な考え方と問題解決法や生きる技術が教えられている社会では、過去の「正当化」しうる行動でさえ、徹底した吟味の対象になる。何事も、うわべの価値のまま受け入れられはしない。



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【2007/12/17 07:00】 | 教育
あなたがたのやり方の結果が、いまの世界だよ
質問者:子どもたちにはまだ、自分で決めるなんて無理です。適切な指導をしなければ。

最近、世の中をよく見たことがあるかね?

質問者:とおっしゃいますと?

あなたがたのやり方の結果が、いまの世界だよ。

質問者:いや、それは指導が間違っていたからです。いまの世の中が腐っているとしたら―確かにそうとしかいえない面も多いのですが―それは、子どもたちに古い価値観を教えようとしたからではなく、やたらに「新規な」ことを考えさせたからですよ!

本当に、そう思うのかな?

質問者:もちろん、思っていますとも!「批判的な考え方」なんか教えないで、読み書き、計算だけを教えていたら、世の中はずっと良くなっていたでしょう。学校で「性教育」なんかsないで、家庭に任せておいたら、10代で親になったり、17歳の末婚の母親が福祉のお世話になったり、世の中がいまほど物騒ではなかったと思いますね。若い世代がすき放題にして自分たちのモラルを作り出すのを放っておかずに、わたしたちと同じモラルを守れと言っていたら、かつての活気ある大国が、いまほど落ちぶれることもなかったんです。それに、もうひとつ。アメリカが広島や長崎にしたことは「悪」だったと思うべきだなんて、おっしゃらないでください。わたしたちは、戦争を終わらせたんですよ。何千人もの生命を救ったんです。しかも、敵味方、両方の人命です。あれは戦争の代償だった。誰もあんな決断はしたくなかったが、そうするしかなかったんです。

ほう。

質問者:そうですとも。まるで、ピンクがかったリベラルな共産主義者みたいなことをおっしゃいますね。歴史を見直せとおっしゃる。いいでしょう。自分の足元が揺らぐような見直しをしろとおっしゃるんですね。そんなことをしたら、リベラル派に支配されてしまいますよ。世界は乗っ取られて、退廃的な社会が生まれる。富の再配分が行われる。人民の権力だのなんだのって、たわごとが始まるでしょう。だけど、そんなことになったって、結局、何も達成されないんです。わたしたちに必要なのは過去に戻ること、父祖たちの価値観に戻ることですよ。それこそが、いま、必要なんです!

言いたいことはそれだけかな?

質問者:ええ、それだけです。いかたですか?

結構。なるほど、たいしたものだ。

質問者:ラジオのトークショーを何年か聞いてみると、こういう主張がうまくなるんです。

地球の人間はそんなふうに考えている、そうなのだね?

質問者:ええ、たぶんね。それもアメリカだけじゃないですよ。国が変わり、戦争の名前が変わっても同じでしょう。歴史上の別の国の軍事行動にあてはめれば、同じことが言えます。誰だって、自分は正しいと考えている。相手の方が間違っていると思っている。広島の代わりにベルリンでも、ボスニアでも同じことですよ。また、誰でも、古い価値観の方がよかったと思っています。世の中がめちゃくちゃになりかけているのはわかっている。アメリカだけじゃない。世界中です。古い価値観に返れ、ナショナリズムに返れと、世界中で声があがっています。

それは知っているよ。

質問者:さっきのは、そういう主張を極端に言ってみたんです。

なかなか、うまかったよ。もう少しで、説得されるところだった。

質問者:そうですか?では、ああいう考え方をしているひとたちに向かって、どうおっしゃいますか?



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【2007/12/16 07:00】 | 教育
あなたがたの歴史と称するものは、子どもたちに特定の世界観を植え付けたがるひとたちによって書かれたものだ
質問者:子どもに嘘をついているんですか?

もちろん、嘘をついているよ。歴史の本を見てごらん。あなたがたの歴史と称するものは、子どもたちに特定の世界観を植え付けたがるひとたちによって書かれたものだ。世界観を広げよう、もっと大きな観点から事実を見ようとする試みは「修正主義者(リヴィジョニスト)」だと軽蔑される。あなたがたは過去についての真実を子どもたちに語ろうとはしないし、まして、子どもたちに本当の自分を見せようとはしない。

歴史の殆どは、いわゆる白人、アングロサクソン、プロテスタント、つまりWASP(ワスプ)の視点から書かれている。女性や黒人、その他の少数派が「ちょっと待ってくれないか。そうじゃなかったよ。大事な部分が抜け落ちている」と声を上げると、あなたがたはぎょっとし、慌てて「修正主義者」が教科書を変えようとしている、やめろ、と叫ぶ。子どもたちには、本当は何が起こっていたのか知らせなくないのだ。あなたがたの視点で事実をどう正当化するかを教えたがる。例をあげようか?

質問者:お願いします。

アメリカでは、日本の2つの都市に原爆を落とし、おびただしい人間を殺傷する結果となった決断について、子どもたちにすべてを教えていない。あなたがたから見た事実、あなたがたが見たがっている事実を教えている。物事を別の観点から見て―この場合は日本人の側から見て―バランスをとろうという動きが起こると、あなたがたは怒り狂い、地団駄踏んでわめきたてる。学校がこの重大な歴史的事実について、データを提示しようと考えることさえ、けしからんと言う。

歴史は性格に、もれなく、実際に起こったことを語るべきもののはずだ。ところが、政治は実際に起こったことと全く関係がない。常に、起こったことについての誰かの視点だ。

歴史は明らかにし、、政治は正当化する。歴史は暴き、すべてを語る。政治は隠し、一方の側の見解だけを語る。政治家は事実が書かれた歴史を嫌う。そこでは、政治家は良くは書かれない。

ところが、あなたがたは結局、「裸の王様」で、子どもたちはいつか真実の姿を見抜く。歴史を批判的に見ることを教えられた子どもたちは、「親あ年長者たちは、自分自身をごまかしていたんだ」と言う。あなたがたはそれが耐えられない。だから子どもたちの頭から批判的な考え方を取り除く。子どもたちに基本的な事実を知らせたがらない。あなたがたの見方を教え込みたがる。

質問者:それは、ちょっと大げさだと思います。そこまで言うのは、行き過ぎじゃないかな。

そうかな?あなたがたの社会では、子どもたちに生命の基本的な事実さえ教えたがらないではないか。学校で人間の身体の機能を教えようとしただけで、大騒ぎする。HIVがどんな風に感染すのか、どうすれば感染を防げるのかさえ、子どもたちに教えようとしない。もちろん、在る観点からのエイズ予防については教えているよ。それもいい。だが、まず事実を教えて、あとは子どもたち自身に決めさせたらどうなのか?そんなことは決してしないね。




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【2007/12/15 07:00】 | 教育
子どもたちが何を知るべきかを指図し、あなたが理解させたがっていることが真実だと教えている
よろしい。子どもたちに知識を与えるとは、何を考えるかを指示することだ。つまり、子どもたちが何を知るべきかを指図し、あなたが理解させたがっていることが真実だと教えることだ。

一方、子どもたちに智恵を与える場合は、何を知るべきかも、何が真実かも指示せず、子どもたちが自分の真実を見つけるにはどうすればいいかを教える。

質問者:でも、知識なしでは、智恵もないでしょう。

その通りだ。智恵を大事にして、知識を無視してはいけないと言っただろう。一定量の知識は、世代から世代へ伝えていかなければならない。当然だ。だが、少なければ少ないほどいい。子どもたちに、自分で発見させなさい。いいかね。知識は失われる。智恵は決して忘れない。

質問者:それでは、学校で教えることはできるだけ少なくすべきなんですか?

学校ではいままでとは逆のことを重視すべきだ。今は知識偏重で、智恵には重きが置かれていない。批判的な考え方、問題解決、論理といったクラスを、多くの親は行為だと感じ、カリキュラムから追放したがる。まあ、親たちが自分の暮らし方を守りたければ、そうするしかないだろうね。批判的な考え方を身につけた子どもたちは、親のモラルや基準、暮らし方を捨てる可能性が大きいから。

自分の暮らし方を守るために、あなたがたは子どもの能力ではなく、記憶の開発という教育システムを組み立てた。子どもたちは自分で真実を発見し、創造する能力を得るのではなく、事実やフィクションを―社会が積み上げてきたフィクションを―記憶させられる。記憶ではなく子どもたちの能力と技術を快活するプログラムは、子どもに何を学ばせるべきか承知しているつもりのひとたちに、ばかにされている。だが、いまの教育は、世界を無知から遠ざけるのではなく、無知へと追い立てている。

質問者:学校では、フィクションを教えたりはしません、事実を教えるんですよ。

ほら、子どもに嘘をつくように、自分にも嘘をついている。



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【2007/12/14 07:00】 | 教育
子どもたちには、どう考えるかではなく、何を考えるかを教えている
質問者:わかりました。先へ進みましょう。大きな観点から地球上の生活について話してくださるというお約束でした。アメリカが話題になったので、そのことについて、もう少し伺いたいのですが。

いいとも。今回の対話では、地球という星が直面している大きな問題について取り上げよう。そして、子どもたちの教育ほど大きな問題はないね。

質問者:そうなんです。あまりうまくいっていないんですね・・・。お話の仕方でわかりますよ。

そうだな、もちろん、すべての問題は相対的だ。あなたがたが「こうしたい」と言っている言葉に照らして言えば、うまくいっていないね。

ここでわたしが言うこと、これまで言ってきたこと、この本に書かれることはすべて、文脈を考えて理解してもらわなければならない。わたしは、「正邪」「善悪」の判断をしているのではない。単に、あなたがたがこうしたいと言っていることがうまくできているかというか、観察しているだけだよ。

質問者:わかります。

いまはそう言うが、いずれ―この対話が終わらないうちに―あなたは、わたしが判断している、批判的だと非難するだろうね。

質問者:非難したりはしません。それほど、愚かではありません。

「それほど愚かではない」と言いながら、人間たちは、わたしを審判する神だと呼んできたのだよ。

質問者:でも、わたしはしません。

いずれ、わかるだろう。

質問者:教育について話してくださると言うことでしたね。

その通り。あなたがたの大半は、教育の意味も目的も機能も誤解している。最善の教育プロセスにいたっては、問題外だね。

質問者:それはまた、大胆なご意見ですね。もっとわかるように説明してくださいませんか。

人類の殆どは、教育の意味、目的、機能を、知識を伝えることだと考えてきた。誰かを教育するには知識を与えなければならないと思っている。ある家族、部族、民族、社会、国、世界が蓄積してきた一般的な知識を与えなければ、とね。

質問者:そうなんですか?冗談じゃないですよね。

もちろんだ。

質問者:それじゃ、教育は何と関係するんですか?

智恵だよ。

質問者:智恵ですか?

そう。

質問者:いいですよ、降参します。知識と智恵はどう違うんですか?

智恵とは、応用された知識だよ。

質問者:それじゃ、子どもには知識を与えようとせずに、智恵を授けようとすべきなんだ!

第一に、何かを「しようと」するのはやめなさい。さっさとすればいい。第二に、智恵が大事だからといって、知識を無視してはいけない。それは致命的な間違いになるだろう。

一方、知識を大事にして、智恵をおろそかにしてもいけない。それもまた、致命的な間違いになるだろう。教育が台無しになる。地球では、教育が破壊されるよ。


質問者:わたしたちは、知識を大事にして、智恵を無視しているんですか?

大抵はね。

質問者:どんな風に?

子どもたちには、どう考えるかではなく、何を考えるかを教えている。

質問者:お願いします。説明してください。



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【2007/12/13 07:00】 | 教育
親が素直に自分の姿を見せれば、子どもたちは親もセクシュアルな存在だと考える
質問者:では、どうすればいいんでしょう?何かお考えは?

身体の自然な機能を間違った恥ずべきことだと、子どもたちに教えるのはやめなさい。セクシュアルなことはタブーだと思わせるのもやめなさい。それよりも、あなたがたのロマンティックな部分を見せてやりなさい。抱き合い、触れ合い、優しく愛撫し合う姿を見せてやりなさい。両親が愛し合っていること、愛を肉体的に表現することは、自然なすばらしいことなのだと教えてやりなさい(そんな簡単なことすら、決して教えない家族がどれ程多いか知ったら、きっとびっくりするよ)。

子どもたちがセクシュアルな感情を抱いたり、好奇心や衝動に駆られ始めたら、その新しい経験に罪悪感や恥辱間ではなく、喜びや誇りを持てるようにしてやりなさい。

それに、肉体を子どもたちの目から隠すのもやめた方がいい。キャンプ先の池や、庭のプールで裸で泳ぐのは一向に構わない。ローブも着ないで寝室からバスルームに行く姿を見て、脳卒中を起こすような子どもには育てないこと。必死になってごまかし、隠したり、禁欲したりする必要もない。

親が素直に自分の姿を見せれば、子どもたちは親もセクシュアルな存在だと考える。自分もいつかそうなるのだとい思う。子どもは親の真似をして育つのだから(セラピストに聞けば、親の「行為」を想像できない大人がいることがわかるだろう。セラピーを受ける患者は、そういう想像をしようとすると怒りや罪悪感、恥辱感にさいなまれるのだが、自分のどこがおかしいのかわからない)。

子どもたちとセックスについて話したり、笑ったりしなさい。自分のセクシュアリティに誇りと歓びをもてるように教え、導きなさい。それが、子どもたちにしてやれることだ。生まれたときから、最初のキス、最初の抱擁、最初の触れ合いから始めなさい。キスし合い、抱き合う親の姿を見せなさい。

質問者:ありがとうございました。あなたのお話で、この問題が多少ともまともに扱われることを祈ります。ところで、最後にもう一つ質問があります。具体的なセクシュアリティについて、子どもたちに教えたり、話し合ったりするのは、いつ頃からがいいんでしょう?

その時が来たら、子どもの方が教えてくれるだろう。目と耳を開いて、よく注意していれば、その時が来たかどうかははっきりとわかる。実際には、その時は徐々に訪れる。あなた自身が自分の「宿題」をきちんと終えていれば、それぞれの年齢にふさわしい方法というものがわかるだろう。

質問者:どうすれば、そういう親になれますか?

やるべきことを何でもしなさい。セミナーに参加する。セラピストに会う。グループに加わる。本を読む。瞑想する。お互いを発見する。そう、何よりもお互いを男と女として再発見しなさい。自分自身のセクシュアリティを再発見し、もういちど獲得し、取り戻しなさい。誇りと歓びをもちなさい。楽しみなさい。自分のものにしなさい。セクシュアルな歓びを自分のものにできれば、子どもたちにもその歓びを認め、励ましてやれるだろう。

質問者:もう一度、ありがとうございました。さて、セクシュアリティという大きな問題でもうひとつ、伺いたいのです。生意気ですが、これを聞かずに終わらせるわけにはいかないんです。

弁解はいいから、聞いてごらん。

質問者:よかった。セックスに「やりすぎ」ということはありますか?

いや。もちろん、ない。だが、セックスへの欲求には、行き過ぎがあるだろう。だから、こうすればいい。すべてを楽しみなさい。そして、何も必要としないこと。

質問者:人間も含めてですか?

人間も含めて。特に人間について。相手の何かを必要とすると、たちまち関係は破壊される。

質問者:でも、誰でも必要とされたがっています。

それでは、必要とされたがるのをやめなさい。それよりも、必要とされていないと感じたがるようにしなさい。誰かに与える最大のプレゼントは、あなたを必要としないだけの力と強さで、どんな理由にしろ、相手があなたを必要としなくなることなのだから。



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【2007/12/12 07:00】 | SEX
親は常に自分の行動という手本によって、何が「正しく」、何が「間違っている」かを子どもに教えている
質問者:では、セックスと子どもについて、お聞きしたいのですが。子どもがいくつぐらいになったら、セクシュアリティについて本当のことを教えてもいいんでしょうか?

子どもは生まれてすぐ、自分をセクシュアルな存在だと気づいているよ―つまり人間だということだが。なのに親たちは、できるだけ気づかせまいとする。赤ん坊の手が「いけない場所」に触れると、やめさせる。幼い子どもが自分の体に罪もない歓びを見つけると、親はぎょっとして大騒ぎし、子どもに不安を植え付ける。子どもは、自分は何をしたのだろう、ママがあんなに怒っていると、怯える。

あなたがたの人種にとっては、子どもたちにいつセックスを教えるかではなく、セクシュアルな存在であることを否定せよという要求をいつやめるかが問題だ。12歳から17歳の間のどこかで、大抵の親は闘いを放棄して、「よろしい、もう自分のセクシュアルな部分に気づいて、それを使ってもいいよ」と伝える(もちろん、言葉にはしない―話題にもしないから)。そのことにはとり返しがつかなくなっている。

10年もの間、子どもたちは身体の一部を恥じるべきだと教えられてきた。その部分の適切な名所すら教えられていない子どもさえいる。「いちもつ」だの「われめちゃん」だのと、単純に「ペニス」「膣」と言いたくないばかりに、あなたがたが考え出した言葉を聞かされる。

こうして身体のその部分は口にしてはいけない、否定すべきだという味方をしっかりと植えつけられて育った子どもは、どうしていいかまるでわからずに、激動の思春期を迎える。

全く準備ができていない。当然、彼らの行動は惨めだ。新しい最も激しい衝動に、不適切とまでは言えないにしても、不器用な反応しかできない。そんな必要はないし、子どものためにもならない。あまりに多くの子どもたちが、タブーやコンプレックスを抱えたまま、大人になる。「群を抜いた存在」にはなれない。

開かれた社会では、幼い子どもたちが人間としての存在の喜びに気づいても、決して眉をひそめられたり、叱られたり、「矯正」されたりしない。両親のセクシュアリティも―つまり、両親もセクシュアルな存在だという事実も―隠したりしない。親や子ども、兄弟姉妹の裸体をごく自然に目にする。自然なもの、すばらしいもの、恥じたり隠したりする必要など全くないものとして扱われる。

社会によっては子どもの目の前で堂々と親がむつみあう。性的な表現の美しさ、すばらしさ、純粋な喜び、そして全面的な肯定をこれほど上手に子どもたちに伝えるものはないだろう。

親は常に自分の行動という手本によって、何が「正しく」、何が「間違っている」かを子どもに教えている。子どもたちは、親が考え、口にし、行動することを見て、すべてについて明確な、また微妙な信号を受け取っている。

そういう社会にはレイプや、性犯罪などは殆ど存在しないこと、売春などはトンデモナイ冗談でしかなく、性的なタブーや機能不全などという話も聞かないことははっきりしている。

いまのあなたがたの社会には、そこまでの開放性は勧められないにしても(よほど特殊な状況でない限り、文化的な烙印を押されてしまうだろう)、いわゆる現代文明で性的な表現や体験につきまとう抑圧や罪悪感、恥に終止符を打つために、何ならかの行動を起こすべき時だろうな。



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【2007/12/11 07:00】 | SEX
わたしは何も判定しない。あなたが決めればいい
質問者:それでは伺って、セックスについての最後の質問を思いつきました。大人どおしが同意していれば、どんなセックスも構わないんですか?

その通り。

質問者:つまり、「倒錯した」セックスもですか?愛のないセックスは?ゲイのセックスも?

第一に、神は何ものも否定しないということを、もう一度はっきりさせておこう。わたしはある行為を善とし、別の行為を悪と判定するために、ここにいるのではない。

さて、あなたの成長の途上で、何が自分に役立ち、何が役に立たないか、決めるのはあなた自身だ。ただし、成長した魂が一致して認めている、広い意味でのカイドラインはある。

他者を傷つけることになるなら、どんな行動も成長を早めることにはならない。第二にガイドラインは、他者と関係するどんな行動も、他者の合意と許可なしにはならないこと。


あなたの質問をこのガイドラインで考えてみよう。「倒錯した」セックス?それが誰も傷つけないなら、そして、みんなの許可のもとに行われるなら、それを「悪」と呼ぶ理由があるだろうか?

愛のないセックス?「セックスのためのセックス」については、時の始まりから議論されてきた。この質問を聞くたびにわたしはひとが大勢いる部屋に行って、「いつまでも続く、愛情溢れる深い関わりをもった相手としかセックスしたことがない者は手をあげなさい」と言ってみたくなる。

ただし、これだけは言っておこう。何事も愛がなければ、神性への近道ではない。愛のないセックスであろうと、愛のないスパゲッティやミートボールであろうと、愛なしに料理して食べるのであれば、その体験の一番すばらしい部分を手に入れ損ねる。

手に入れて損ねるのが悪いか?「悪い」という言葉はやっぱり適当ではないだろう。できるだけ早く高い魂をもった存在に成長したいというのであれば、「もったいない」という方が近い。

ゲイのセックス?わたしがゲイのセクシュアリティに―あるいはその行為に、反対だと言いたがるひとが多い。だが、わたしはあなたがたの選択について何も判定しない。ひとは、むやみに―すべてについて―価値判断をしたがる。気の毒だが、わたしはその仲間には入らない。そうした判定には加わらない。元々、わたしの評判なのだと言いたがるひとは、さぞ困るだろうが。

わたしはこう見ている。昔は、人種が違うものの結婚は勧められないばかりか、神の法に反すると言われた(驚いたことに、未だにそう考えているひとがいる)。彼らは権威として聖書を振りかざした―いまでもホモセクシュアリティについての判断の根拠として、聖書を持ち出すひとがいる。

質問者:それでは、人種が違う者どうしの結婚は構わないとおっしゃるんですか?

聞くのも愚かだね。「いけない」と思うよりはましかな。ホモセクシュアリティについても、あなたが決めればいい。わたしは何も判定しない。判定してもらいたがっているのはわかっているが。その方が生きるのに楽だからね。何も決断しなくていい。厳しい欲求もない。すべては誰かが決めてくれる。従ってさえいればいい。でも、たいした人生ではないな。少なくとも創造性とか、自分の力を養うという観点からすればね。それがどうした・・・ストレスさえもないではないか。



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【2007/12/10 07:00】 | SEX
まだ欲しいのを我慢して無理に諦めるのではなく、「持っても仕方ない」と知っているだけだ。単純に手放し、遠ざかるのだ
質問者:それでは、どうして多くの師が、完全に禁欲しているんでしょう?

人間がバランスをとれると、信じられないからだ。彼らは、性的なエネルギー―その他の世俗的な体験につきまとうエネルギー―は強力だから、ほどほどに保ってバランスをとるのは無理だと思っている。禁欲が霊的な成長の唯一の道だと考えている。ひとつの可能性に過ぎないとは考えていない。

質問者:でも、高度な成長を遂げたひとたちが、「セックスをあきらめて」いるのも事実ですよね?

古い意味で「諦めて」いるのではない。まだ欲しいのを我慢して無理に諦めるのではなく、「持っても仕方ない」と知っているだけだ。単純に手放し、遠ざかるのだ。

デザートのおかわりをしないのと同じだ。デザートがまずかったからではない。身体によくないというのでもない。おいしいけれどもう充分だ、というだけだ。そういった理由でセックスと関わらなくなっても、まだ欲求が在るかもしれない。あるいは、ないかもしれない。いつになったら「充分」なのか、決してわからないだろう。他の体験とバランスをとりつつ、その体験を欲し続けるかもしれない。

それはそれでいい。構わない。禁欲よりセクシュアルな行動の方が、悟りや霊的な成長から遠いわけでもない。悟りや成長を遂げたときに消えるのは、セックスに溺れると、根深い欲望、衝動的な行動だ。金や権力、安全、所有、その他の肉体的な体験についても同じで、そうしたものへの惑溺(わくでき)は消滅する。だが、それらに対する真の評価は消えないし、消えるべきでもない。人生のすべてを評価することは、わたしが創造したプロセスを称えることだ。人生や人生の喜びを軽蔑することは、たとえ基本的、肉体的な喜びであっても、創造者であるわたしを軽蔑することだ。

わたしが創ったものが汚れているとしたら、わたしはどうなのか?逆にわたしの創ったものを聖なるものと呼ぶなら、それらを経験することも、わたしという存在も、清らかだということになる。

いいかね。わたしは軽蔑すべきものなど、何も創造しなかった。

シェイクスピアも言っている。「悪」だと考えるから悪なんだ、それだけのことだ、とね。



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【2007/12/09 07:00】 | SEX
3つの面をもつ存在として生きたとき、あなたはようやくバランスがとれる
質問者:セックスがそんなにすばらしい人間体験なら、どうして、大在の霊的な師たちが禁欲を勧めるのですか?

彼らが単純な暮らしをしたと言われると、同じ理由だよ。高いレベルの理解に達したひとたちは、肉体的欲求と精神や肉体のバランスをとりたいと考える。

あなたがたは3つの部分からなっている。大半のひとは、自分を肉体として経験する。30歳を超えると、精神すら忘れられてしまう。読書もしなくなる。ものを書くこともなくなる。教えなくなる。学ばなくなる。精神は忘れられる。養われない。広げられない。新しいインプットはない。最低のアウトプットしか求められない。精神は糧を与えられない。目覚めない。なだめられ、にぶる。精神はにぶらせることばかりをする。テレビ、映画、くだらない本。何をするにしろ、ものを考えない。全く、考えない!

大抵のひとは肉体レベルで人生を送る。肉体を養い、衣服を着せ、「糧」を与える。大抵は何年も立派な本を読まずに暮らしている。立派な本とは何かを学べる本だ。だが、テレビ番組なら一週間分暗記している。考えてみれば、たまらなく悲しいことではないか。

大抵のひとは何も考えたくないのだ。自分で考えなくてもいいように、指導者を選び、政府を支持し、宗教を採用する。「気楽にさせてくれ。どうしたらいいか、教えてくれ」。大抵のひとはそれを望んでいる。どこに座ればいいか?いつ立てばいいか?どんなふうにあいさつすればいいか?いつ支払いをすればいいか?どうすればいい?ルールは?限界は?教えてくれ、教えてくれ。誰か教えてくれれば、そのとおりにするよ!それから、うんざりし、幻滅する。すべてのルールに従い、言われたとおりにした。なのに、そうして、うまくいかないんだろう?どうして、こんなにつまらないのか?どうして、何もかもばらばらになってしまうのか?

あなたが精神を、創造のために最高の道具(ツール)を捨てた瞬間に、ばらばらになるのだ。

もう一度精神と付き合うべきだ。精神と道連れになりなさい。そうすれば、それほど孤独でなくなる。精神を養いなさい。そうすれば、飢えなくなる。

あなたがたの一部は―少数だが―肉体と精神の両方があることを理解している。そんなひとたちは、精神も丁寧に扱う。だが、精神と精神的な事柄を大切にしているひとでさえ、精神の能力の一割も活用していない。精神にどれほど大きな能力があるかがわかったら、精神の驚異のお相伴(しょうばん)にあずからないではいられないだろうに。

肉体と精神のバランスをとっている者が少数だとしたら、肉体と精神と魂という3つの部分を生きているものは更に少ない。だが、あなたがたは3つの部分からなっている。肉体以上の存在であり、精神をもった肉体以上の存在なのだよ。

あなたは、魂を養っているだろうか?そもそも、魂の存在に気づいているだろうか?魂を癒しているだろうか、傷つけているだろうか?魂は成長しているだろうか、退化しているだろうか?拡大しているだろうか、縮小しているだろうか?

あなたの魂は、あなたの精神と同じように孤独だろうか?もっと、無視されているだろうか?あなたが前回、魂を感じたのは、いつのことだっただろうか?喜びにないたのはいつだった?詩を書いたのは?音楽をつくったのは?雨の中で踊ったのは?パイを焼いたのは?絵を描いたのは?何かを修理したのは?赤ん坊にキスしたのは?猫を抱き上げてほお擦りしたのは?山登りをしたのは?裸で泳いだのは?夜明けに散歩したのは?ハーモニカを吹いたのは?夜明けまで話し込んだのは?何時間も海辺で、森の中で、愛し合ったのは?自然と触れ合ったのは?神を求めたのは?黙って座り、自分という存在の最も深い部分にまで旅をしたのは、いつだった?魂に、「やあ」とあいさつしたのは、いつだった?

金。セックス。力。所有。肉体的な刺激と満足。安全。名声。金銭的な利益。

二面的な存在として生きていれば、精神的な事柄にまで関心が広がる。

友情、創造性、新しい考えや思い付きという刺激、新しい目標、新しい挑戦、個人的な成長。

3つの面をもつ存在として生きたとき、あなたはようやくバランスがとれる。魂に関する事柄に関心を持つようになる。霊的なアイデンティティ、人生の目的、神との関係、成長への道、霊的な成長、最終的な運命。意識が高まれば高まるほど、あなたは自分という存在のあらゆる側面を充分に認識するようになる。成長とは自分のある面を大事にして、別の面を捨てることではない。焦点を広げることだ。ある側面にばかりかかずらうのをやめること、すべての面を真に愛し、評価することだ。




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【2007/12/08 07:00】 | SEX
常に自分を最優先するべきだ
質問者:だけど、自分の「欲求どおり」に行動していたら、とても利己的になるでしょう。あなたが、そんなことを勧めるなんて、信じられませんよ。

あなたは、人間は常に「利己的な選択」をすると思っている。だが、いいかね。人間は、「最高の選択」をすることもできるのだよ。それに最高の選択とは、必ずしも他者のための選択ではない。

質問者:それじゃ、ときには自分を最優先にするべきだとおっしゃるんですか。

いやいや、常に自分を最優先するべきだ!それから、自分が何をしようとしているかを基準に―あるいは、どんな経験を求めているかを基準に―選択しなさい。

あなたが、人生の目的を高いところにおいているなら、高い選択ができるだろう。自分を最優先することは、「利己的」になることではない。自分を認識することだ。

質問者:随分、ゆるやかな行動規範ですね。

最高の自由を経験することによってのみ、最高の成長が達成される。成長することが可能になる。

他人のルールに従っていたのでは成長しない。誰かに従属するだけだ。

あなたがたが考えているのとは違って、わたしは従属を望まない。従属は成長ではない。わたしが望むのは、成長だ。

質問者:それでは、わたしたちが「成長」しなければ、地獄に落とすんですか?

いや、そうじゃない。その話は一冊目の対話でしたね。三冊目で、もっと詳しい話をしよう。

質問者:わかりました。それでは、あなたの一位パラメーターの中でですが、セックスについて最後の質問をしたいのですが?

いいだろう、どうぞ。



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【2007/12/07 07:00】 | 人生
他人を裏切らないために自分を裏切ること―それも裏切りだ。最高の裏切りだ
質問者:どうも、「あるべき」というのはお好きじゃないようですね。

「あるべき」という言葉がいけないのは、誰かが基準を設定する点だ。そうすると、あなたがたの行動派自動的に、何を歓びとすべきかという他人の考えに制約され、方向付けられ、指示される。

セクシュアリティについては―他のことも同じだが―制約されるだけでは済まない。結局、破壊されてしまう。男女が何かを経験したいと感じ、それから自分たちが夢見て、憧れたことが「適正基準」に違反するからとしり込みするほど、悲しいことはないではないか。いいかね、してはいけないからではなくて、「適正基準」に違反するからしないんだよ。

セクシュアリティだけではなく、人生のすべてにおいて、誰かが決めた適正基準に違反するから、やらないなどということは絶対にやめなさい。わたしが、車にステッカーを貼るとすれば、「適正基準に違反せよ」というのを貼りたいね。それどころか、すべての寝室に、この標語を掲げたいよ。

質問者:しかし、「善悪」のけじめが、社会を支えているんですよ。善悪についての共通の基準なしで、どうやって共同生活が営めますか?

「適正基準」は、あなたがたの相対的な「善悪」の価値観とは何の関係もない。人を殺すことは「悪」だと誰でも思うかもしれない。だが、雨の中を裸で走ることは?隣人の妻を奪うことは「悪」だろうが、自分自身の妻を、とりわけ甘美な方法で「奪う」ことはどうなのかな?「適正基準」は法的な制約とも関係がない。何をもって「適正」とするかという単純な話だ。

「あるべき」行動とは、必ずしもあなたがたの言う「最高の利益にかなった」行動ではない。それどころか、歓びをもたらすことは殆どない。

質問者:では、セクシュアリティにおいてお互いに合意していれば、どんな行動も許されるのですか?

それが人生の真実ではないのかな?

質問者:でも、誰が関係者か、わからないときがありますよね、それに、どうすれば―。

それについては、繊細でなければならない。鋭敏でなければならない。そして、どうしてもわからないとき、推測もできないときには、間違ってもいいから愛の側に立たなければいけない。

何を決意するにしても、一番大きな問題は、「愛していれば、どうするだろう?」と自問することだ。自分自身を愛しなさい、それから関係する全員を愛しなさい。愛し合っていれば、相手を傷つけるようなことは決してないだろう。疑問があったなら、はっきりするまで待つだろう。

質問者:でも、それでは自分が相手の「人質」になってしまいますよ。これこれのことは、相手を「傷つける」かもしれない、まず最初にそう考えていたら、行動が制限されてしまいます。

制限するのは自分自身だ。愛するものを傷つけないような、自分の行動の制限は良いことではないか?

質問者:でも、我慢することで自分が傷つくと感じたら、どうなんですか?

そうしたら、愛するひとに真実を告げなさい。自分は我慢することで傷ついている、欲求不満に陥っている。わたしはこれこれのことをしたい。愛するひとの同意が欲しい、と。同意を得られるように、真剣に努力しなければいけない。妥協が成立する、誰もが勝利できる方法を探しなさい。

質問者:そんな方法が見つからなかったら?

そうしたら、わたしは前に言ったことを繰り返そう。

他人を裏切らないために自分を裏切ること―それも裏切りだ。最高の裏切りだ。

――シェイクスピアは別の言い方をしているね。

汝、自身に真実であれ。そうすれば、昼の次に夜が来るように、決して他人を騙すこともなくなる。



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【2007/12/06 07:00】 | 正邪&善悪
あなたがたは性を汚れた、恥ずべきもの、タブーにして、愛の行為を恥ずかしがっている
質問者:不思議なことに、あなたの言葉を聞けば聞くほど、さらに疑問が沸いてくるんです。いまは、セックスと同じように、政治についても疑問が沸いてきましたよ!

両者は同じだと言うひともいるね。政治の世界で行われることは―。

質問者:ちょっと待ってください!まさか、いかがわしい言葉を使おうというんじゃないでしょうね?

いや、ちょっとびっくりさせてみようかと思っただけだよ。

質問者:おやおや!やめてくださいよ!神さまはそんな言葉は使わないものですよ!

それでは、どうしてあなたがたは使うのかね?

質問者:普通のひとは使いませんよ。

バカを言ってはいけない。

質問者:だから、神を恐れるひとは使っていませんってば!

そうか、神を恐れるから、神を冒涜するようないかがわしい言葉を使わないんだね。しかし、たかが言葉でわたしが冒涜されるなんて、誰が言った?それに、あなたがたが情熱の高まりのさなかで、最高のセックスを表す言葉が、最高の侮辱としても使われるなんて、面白いと思わないか?あなたがたの、セックスに対するものの見方を示しているんではないかな?

質問者:どうも、混同していらっしゃるようですね。その言葉は、本当に輝かしくロマンチックで、セクシュアルな瞬間には使わないんじゃないかな。

おやおや、そうかな?最近、どこかの寝室へ行ってみたことはないのかな?

質問者:いいえ。おありになるんですか?

すべての寝室に、わたしはいる。いつでも。

質問者:まあ、それはありがたいことかもしれないですけど・・・。

おや?寝室ですることは、神の目の前ではできないと言いたいのかな?

質問者:大抵は、誰かが見ていると思ったら、落ち着かないでしょう。まして、神さまなんて。

しかし、文明の中には―アボリジニとか、ポリネシアの一部の人びとの間などでは―全くおおっぴらに愛の行為が行われるがね。

質問者:そうですね。だけど、殆どのひとは、そこまで自由なレベルに達していないんじゃないですか。それどころか、そういうのは原始への退化、異教徒的だと思うひとが多いでしょうね。

あなたの言う「異教徒的」なひとたちは、生命に大きな敬意をもっている。レイプなどということは白に脚、殺人も殆どない。あなたがたの社会はセックスを―大変に自然でノーマルな人間の機能を―覆い隠し、おおっぴらに人殺しをしている。それこそ、猥褻(わいせつ)というものではないか!あなたがたは性を汚れた、恥ずべきもの、タブーにして、愛の行為を恥ずかしがっている。

質問者:そうじゃないですよ。大抵のひとは、あるべきセックスに対する感覚が違うんです―自分たちのほうが高度なんだと言うでしょう。そして、ごくプライベートな行為だと思っている。人間関係の神聖な部分だと思っているひとたちもいますよ。

プライベートな行為でないと、神聖ではないというわけじゃない。人間の最も聖なる儀式の大半は、公開で行われている。プライバシーと神聖さを混同しないように。大体、最大の悪事は隠れてプライベートに行い、最善の行為だけをおおっぷらに見せびらかすではないか。

別に公開セックスを勧めているのではない。ただ、プライベートな行為が必ずしも神聖ではないと言いたいだけだ。それに、公開したからといって、神聖さが損なわれるわけでもない。

また、「あるべき」という言葉とそこに隠された行動規範が、何よりも―罰を与える神という概念は別として―男女の最大の歓びを禁じ、つまらないものにしている。



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【2007/12/05 07:00】 | SEX
出会っては別れるというダンス
マトリックスは収縮する。科学者がいうブラックホールという現象だ。似たようなエネルギーどおしが引き合い。物質までが引き合う。次に、これらの物質は反発し合い。離れる。そうでなければ、永遠に溶け合う。つまり、現在のかたちが消滅して新しいかたちになる。意識あるものはすべて、このことを直感的に知っているので、永遠に溶け合い、ひとつになることを避けて、他のものとの関係を維持するために、お互いから離れようとする。離れなければ、他者と癒合して永遠の合一を経験することになる。

それは、つまりわたしたちがやってきた原初である。この状態から遠ざかっているので、常にそこへ惹かれている。この満ちひき、「住来」
の動きが宇宙の、そして万物の基本リズムで、これが性―神人的(シナージスティック)エネルギー交換だ。

あなたがたは、常に他者に(そしてマトリックス内のすべてに)惹かれ、一体になりたいという衝動に駆られている。そして、合一への動きのなかでは、その合一から離れようとする意識の反発にぶつかる。意識はそれから自由でいよう、そして体験しようとする。なぜなら、ひとつの実在の一部になり、そこに留まっていたら、ばらばらだということがわからなくなるから、合一ということもわからなくなる。

言い換えてみようか。神がすべてあるものとして自分自身を知るためには、すべてでない自分を知らなければならない。あなたにおいて―そして宇宙のあらゆるエネルギー単位において―神は、全体の一部である自分を知る。そして、自らの体験として、万物のすべてである自分を知る可能性を自らに与える。

自分が何でないかを体験することによってしか、自分が何であるかを知ることはできない。だが、わたしはわたしでないものだ。そこに、神の二分法がある。故に、わたしはわたしだ。

この自然の満ちひきの法則、宇宙本来のリズム、生命の原型には、あなたがたの現実の中で生命を創造するという動きも含まれる。

あなたがたは強い力に駆り立てられるようにお互いに惹かれ合うが、それも遠ざかり、離れ離れになるためであり、離れるのは、再び互いに惹かれていくためだ。惹かれてはまた離れ、また飢えたように情熱的に激しく一体になろうとする。

出会っては別れ、出会っては別れるというダンスをあなたがたの身体は繰り広げる。本能的で基本的な、自分では動きを意識することも殆どないダンスだ。どこかで、あなたがたの動きは自動的になる。もう、身体に動きを支持する必要はなくなる。身体は自然に動く。生命の力に駆り立てられて。

これが、生命そのもの、生命の生命としての表現だ。

そして、その抱擁のなかで新しい生命を生み出す。

生命の営みはすべてリズムだ。生命そのものが、すべてリズムだ。


したがって、すべての生命の中には、緩やかな神のリズムが内在している―それをあなたがたは、生命のサイクルと呼ぶ。食物もそのサイクルの中でとれる。季節が移り変わる。惑星が自転し、公転する。太陽が爆発し、収縮し、また爆発を繰り返す。宇宙は呼吸している。すべては循環の中で、リズムの中で、神/神性の、そして万物の波動に合わせて起こる。

神はすべてであり、すべてに神性が宿る。他には何もない。

かつてあり、いまあり、これからあるものは、終わりのないあなた方の世界である。アーメン。


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【2007/12/04 07:00】 | 自然&宇宙法則
引力の法則(引き寄せの法則)
いま話した・・・ダンス、エネルギーの交流は、常にすべてのものの間で起こっている。あなたの―放出される金色の光のような―エネルギーは、常にすべてのもの、すべてのひとと交流している。近づけば近づくほど、エネルギーは密になる。遠ざかれば、薄くなる。だが、決して途切れることはない。あなたとすべてのひとの中間でふたつのエネルギーは出会い、もっと薄くて現実性が低い、第三のエネルギー単位が形成される。

地球上の―そして宇宙の―すべてのもの、すべてのひとは、あらゆる方向へエネルギーを放出している。このエネルギーは他のエネルギーと混ざり合い、交差して、どんな高性能のコンピューターも分析不可能なほど、複雑なパターンを創り出す。

物質と呼ばれるすべてのものの間を流れて交差し、絡み合い、混ざり合うエネルギー、これが物理的にものを結び付けている。これが前に話したマトリックスだ。このマトリックスに沿って、メッセージ、意味、癒し、その他の物理的な効果という信号が送られる。

個人がその信号を創造することもあるが、大抵は集合意識によって創られている。


いま説明した無数のエネルギーによって、お互いが惹かれ合う。つまり、引力の法則だ。

これによって、似たものどおしが惹かれあう。思考も、似たものどおしがマトリックスに沿って惹かれあう。似たエネルギーが大量に集まると、「固まりあい」、重くなって振動数が低下し、物質になる。思考は物理的な形を創造する。大勢のひとが同じことが考えれば、現実をかたちづくる可能性が極めて高くなる(だから、「あなたのための、わたしたちみんなの祈り」が、力強い声明になる。一致した祈りの効果については、本が一冊できるほどの証拠がある)。

また、祈りとはほど遠い思考も、「効果」をもたらす。世界中が不安や怒り、何かが足りないという思考、不満の意識を持っていると、世界中で、あるいはその集合意識が最も強いところで、その通りの経験が創造される。

たとえばアメリカ合衆国という地球上の国家は、長い間、「神のもとで、分かつことのできない、すべての者に自由と正義をもたらす」国であると自らを考えていた。この国が地球上で最も繁栄してきたのも偶然ではなかった。また、この国家が徐々に建国の志を失ってきたのも不思議ではない。この国はヴィジョンを失ったようだから。

「神のもとで、分かつことのできない」国家という言葉は、統一、一体という普遍的な真実を表現していた。このマトリックスを破壊することは難しい。だが、次第にこのマトリックスが弱まってきた。宗教的な自由は殆ど消滅しかけており、個人の責任も消えた。個人の責任という言葉は、「誰もが自分のことだけを考える」という意味にゆがめられた。しまいには、この新しい哲学が、建国当時の素朴な個人主義の流れをひくと考えられるようになった。

だが、アメリカが夢とヴィジョンを託した個人の責任という考え方を突き詰めると、最も深く、最も高度な意味での友愛という概念に行き着く。アメリカが偉大な国になったのは、誰もが自分が生きる為に闘ったからではなく、誰もがみんなが生きる責任を引き受けたからだ。

アメリカは植えた者に背を向け、困っているひとに「ノー」と言う国ではなかった。疲れた者、家のない者を両手を広げて迎え入れ、豊かさを世界と分かち合う国だった。

ところが、アメリカが偉大になると、アメリカ人は強欲になった。全員ではないが、多くがそうなった。しかも、そんな人びとがますます増えていった。アメリカ人は、所有できるのはすばらしいと思い、もっと、もっと所有しようとした。だが、もっと所有する方法はただひとつしかない。他者がもっと貧しくなることだ。

偉大さが消えて強欲になったアメリカ人は、最も恵まれない人びとへの同情を失った。不運なひとたちは「自業自得だ」と片付けられた。アメリカはチャンスの国だ、そうだろう?恵まれないひと以外は、アメリカのチャンスが仲間うちにだけ限られたものであることを認めなかった。「仲間」のなかには、さまざまなマイノリティ、皮膚の色や性のせいで少数派にされた者は含まれない。

アメリカ人は国際的にも傲慢になった。世界中で何百万人もが飢えているのに、アメリカ人は一国を養えるほどの食物を毎日捨てている。アメリカ人には寛容な側面も残っている。だが、アメリカの外交政策はますます、すでに得ている自分たちの権利を、手放さないための対策になった。自分も得をするとき(つまり、アメリカの権力構造―金持ちのエリートを守り、共通の資産を守る軍事機構―が得をするとき)にだけ、他者を助けた。

アメリカ建国の理想―友愛―はもはや崩壊した。いまでは、「兄弟の保護者」であろうとする考え方は、新しいアメリカ主義にぶつかる。新しいあまりか主義は自分に都合のいいことには敏感で、こっちも公平な分け前が欲しい、不正を正して補償してくれると要求する恵まれない者には手厳しい。

ひとは自分に責任をもたなければならない―それは否定しようのない真実だ。だが、アメリカは―あなたがたの世界は―国民全体、人類全体についての責任をひとりひとりが引き受けるとき、はじめて本当にうまくいく。

質問者:つまり、集合意識が集団的な結果を生むのですね。

その通り。そのことは、歴史上、何度も証明されてきた。




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【2007/12/03 07:00】 | 自然&宇宙法則
トマリーの体験、そして生命を創造した
質問者:面白いですね。でも、それとセックスはどんな関係があるんですか?

辛抱しなさい。もうすぐ、そこにたどり着くから。

世界は常にエネルギーを交換し続けている。あなたのエネルギーは放出されて、すべてに触れる。すべてのひと、すべての物もあなたに触れる。そこで、興味深いことが起こる。あなたと他者の間のある場所で、エネルギーが出会う。

もっとわかりやすくするために、部屋に二人の人間が居ると想像してみよう二人はそれぞれ部屋の隅に離れ離れにいる。トムとマリーと呼ぶことにしようか。

トムのエネルギーは、宇宙に向かって、周囲360度の方角へ信号を送っている。そのエネルギーの一部がマリーに達する。マリーもエネルギーを放出していて、一部がトムに届く。そのエネルギーはあなたが考えもしないような出会い方をする。トムとマリーの中間で出会うのだ。

そこでエネルギーは溶け合う(このエネルギーは物理的な現象で、測定することも感じることもできる)。溶け合って、ひとつの新しいエネルギーになる。それを「トマリー」と呼ぼう。

トムとマリーは、このエネルギーを「わたしたちの中間にある身体」というかもしれない。どちらとも繋がっていて、どちらもエネルギーを注ぎ続けている身体で、その身体から放出されるエネルギーは、常に存在するマトリックスの糸、紐、あるいはパイプラインを伝わって、二人の「スポンサー」のもとに戻ってくる(その「パイプライン」こそがマトリックスだ)。

この「トマリー」という体験、それがトムとマリーの真実だ。この神聖な結びつきに、二人は惹かれる。二人はパイプラインを伝わってくる「中間の身体」の崇高な歓びを、ひとつになった歓び、祝福された合一の喜びを感じるから。

遠く離れて立っているトムとマリーは―物理的に―マトリックスで起こっている出来事を感じ取る。どちらも、その体験に惹かれていく。お互いに近づきたいと思う!それも、すぐに!

ここで、「訓練」が顔を出す。世間は二人に慌てるな、感覚を信じるな、「傷つく」かもしれないから身を引けという訓練をしている。だが魂は・・・「トマリー」を知りたがる。それも、ただちに!

二人が幸運なら、不幸を棚上げして、大切なのは愛だけだと信じるだろう。「中間にある身体」に惹かれていく二人は、もうあと戻りはできない。「トマリー」は形而上学的にはすでに存在しており、トムとマリーはそれを物理的に体験したいと願う。だから、近づく。相手に到達するためではない。そばで見ているものにはそう映るかもしれない。だが、二人は「トマリー」に到着しようとする。すでに二人の間に存在する神聖な合一に到達しようとする。すでに二人がひとつだと知っている場所、そして、ひとつになるとはどんなことかを知っている場所に行こうとする。

だから、彼らは自分たちの「感覚」に向かって近づいていく。二人の距離が縮まり、「コードが短く」なると、二人がエネルギーを送っている「トマリー」までの距離が短くなり、密度が高くなる。二人はさらに近づく。距離が縮まり密度が高まる。さらに近づく。さらに密度が高まる。

さあ、二人はもう2、3メートルしか離れていない。中間にある身体は熱くなる。振動が猛スピードになる。トマリーとの「繋がり」は濃く、広く、明るく燃えて、信じられないほどのエネルギーを伝える。二人は「欲望に燃えて」いると言われる。まさに、二人は燃えている!

二人はさらに近づく。触れ合う。

感覚は耐えられないほどになる。このうえないすばらしさ。触れ合った瞬間、二人はトマリーのエネルギーを、濃密に凝縮されてひとつになった存在を感じる。最高の感性が開かれていれば、触れ合ったとき、この微妙で崇高的なエネルギーを感じ取れるだろう。「ぴりぴり」と電流のようなものが身体を駆け抜ける。あるいは、触れたところが熱くなる。身体全体も、ふいに熱くなる。このエネルギーは、下半身のチャクラ、つまりエネルギー・センターの奥深くで凝縮されている。

そこのエネルギーは、とりわけ激しく「燃える」。トムとマリーは、お互いに「熱く」なる!

二人は抱き合い、お互いの距離はさらに縮まり、トムとマリー、そしてトマリーは殆ど同じ場、場(スペース)を満たす。トムとマリーはお互いの間のトマリーを感じ、さらに近づき、トマリーと文字通り溶け合いたいと思う。物理的なかたちでトマリーになりたいと思う。

わたしは、男と女の身体をそういうふうに創った。トムとマリーの身体はいま、それを実現する準備が整った。トムの身体はマリーの中へ入る用意ができた。マリーの身体はトムを中へ受け入れる用意ができた。ぴりぴりと流れる電流、炎はもはや激しいなどという段階ではなく・・・信じ難いほどになっている。二つの身体が合体する。トムとマリーとトマリーがひとつになる。肉体を通して。

依然としてエネルギーは流れ続ける。激しく、情熱的に。二人はうねり、動く。お互いをさらに求め合い、さらに密接になろうとする。

もっと、もっと、もっと近づきたい。

二人は爆発する。肉体に痙攣が起こる。指の先まで振動が走る。爆発して一体となったとき、彼らは神と神性を、アルファとオメガを、すべてと無を、生命のエッセンスを知る。生命そのものを体験する。

物理的な化学作用も起こる。二人はひとつになり、そこから物理的なかたちで第三の実在が生じる。

こうして、トマリーの分身が創造される。二人の肉体から肉体が、血から血が生まれる。二人は、生命を創造した!あなたがたは神であると言っただろう?

質問者:人間のセクシュアリティについて、こんなに美しい描写を聞いたのは初めてです。

美は見ようと思うところに見える。美を見るのは恐れていると、醜さが見える。わたしがいま話したことに醜さを見ているひとが、どんなに大勢いるかを考えたら、驚くだろう。

質問者:いや、驚きませんよ。だって、世界がセックスに押し付けた恐怖も醜さも、散々見てきましたから。でも、疑問もたくさんでてきましたけど。

わたしは疑問に答えるためにここにいる。だが、疑問を聞く前に、もう少し、わたしなりの説明を続けてもいいかな。

質問者:はい、どうぞ。



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④神とひとつになること
⑤神との対話 フォトブック-ちいさな魂と太陽
⑥新しき啓示
⑦明日の神
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