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「神との対話」 ~アセンション&意識変容~
「アセンション」が意味するものとは!ニール・ドナルド・ウォルシュの著書「神との対話」からのメッセージが、「あなた」を思い出す機会を与えてくれることを心より祈っています。
別人になる
質問者:では、死ぬときの意識のレベルにいつまでもとどまっている必要はないとおっしゃるのですね?

そう。その気になればたちまち、別のレベルに移動できる。そこで好きなだけ「時間」をかけられる。限られた視点、コントロールの利かない考えをもって「死」ねば、その状態がもたらす経験をするが、もしも、もう嫌だと思ったら、「目覚め」て(意識的になって)、自分で自分の現実を創造しはじめる。あなたがたはこの第一段階を振り返って、そこを「煉獄」と呼ぶ。第二段階、つまり望めば何でも思考と同じスピードで実現できる状態を、「天国」と呼ぶ。第三段階、つまり「ひとつであるもの」の至福を経験するところをニルヴァーナと呼ぶ。

質問者:それに関して、もうひとつ、伺いたいことがあるんです。「死後」ではなくて、幽体離脱の経験についてなんですが、教えていただけますか?一体、何が起こっているんでしょうか?

あなたがたのエッセンスが物質的な身体から離れているんだよ。普通に夢を見ているときでも瞑想中でも起こるし、身体が深い眠りに陥っているときには、最高のかたちで実現することが多い。

そういう「外出」のとき、魂はどこでも好きなところに存在できる。その経験について語るひとは、意識的に選択したという記憶をもっていないことが多い。「なぜか自分に起こった」こととして経験している。だが、魂が無意識に動くことはありえない。

質問者:もし自分が創造し続けているだけだとしたら、どうして、物事が「示され」たr、「啓示」を受けたりできるんでしょうか?啓示を受けるとすれば、それは自分の創造の一部ではなくて、わたしたちとは別個に存在しているはずだと思うのですが。その辺りを、教えていただけませんか?

あなたと別個に存在するものは何もないし、すべては文字通り、あなたの想像の産物、つくりごとだ。あなたは質問の答えがわからないと想像している。だから、わからない。だが、わかると想像した途端に、わかるのだ。そういう想像をするのは、「プロセス」を進行させるためだよ。

質問者:「プロセス」ですか?

生命だ。永遠のプロセスだよ。

「啓示」を受けたと感じるとき、それが幽体離脱であっても、夢であっても、水晶のように澄んだ認識が訪れる魔法の瞬間であっても、ようするにふいに「思い出し」ただけなのだ。自分が既に創造していたものを思い出す。その記憶が非常に鮮やかなことがある。「神の顕現」だと感じることさえある。

そうした至高の経験をすると、「実生活」に戻り、他のひとが「現実」と呼ぶものと交じり合うのがとても難しくなる。それは、あなたの現実が移行し、別のものになっているからだ。拡大し、成長しているからなのだよ。そして、二度ともとのように収縮することはできない。瓶のなかに魔法使いを押し戻そうとするのと同じで、不可能なのだ。

質問者:それで幽体離脱の経験をしたひと、「臨死」体験をしたひとは、別人のように見えるんでしょうか?

その通り。別人になるのは、彼らがたくさんのことを知ったからだ。だが、体験から遠ざかり、時間が経てばたつほど、もとの振る舞いに戻ってしまう。知ったことを、また忘れてしまうからだ。


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【2008/03/31 21:00】 |
あの世とは
質問者:「あの世」とはどんなところなんですか?教えてください。

教えてあげられないこともあるがね。教えたくないのではなく、現在のあなたの状況、理解のレベルでは、言われてものみこめないからだ。だが、話せることもある。

現在の人生と同じように、「あの世」でも、3つのいずれかをすることになる。コントロールの利かない考えに創造をゆだねるか、選択的、意識的に経験を創造するか、「存在のすべて」の集合的意識を経験するかの3つだ。この最後の経験が、「再統合」あるいは「ひとつへの回帰」だ。

最初の道を行くにしても、大抵は(地球上とは違って)そう長くは続けない。なぜなら、経験していることが好ましくないと思った瞬間に、新しい、もっと好ましい現実を創り出すからだ。ただ否定的な考えをやめさえすればいいのだから。

だから、「地獄」を経験することはありえない。自分でそれを選択すれば別だがね。その場合だって、自分の望みが叶うのだから「幸せ」なはずだ(「みじめ」でいるのが「幸せ」だというひとは、意外に多いのだよ)。つまり経験は、もう嫌だ、選択しないと思うまで続くのだ。

殆どの者は、経験が始まった途端に、そこから離れて新しい経験を創造するだろう。実は地上でも、全く同じ方法で地獄を失くすことができるのだが。

第二の道をとって、意識的に経験を創造する場合には、もちろん「真っすぐに天国へ」行くだろう。天国を信じるものは天国を創造する。天国を信じていないなくても、望むことが実現する。それがわかれば、欲求はますます向上するだろう。そして、いずれは天国を信じるようになる!

第三の道をとって、集合的意識の創造に身をゆだねれば、たちまち全的な受容、全的な平和、全的な認識、全的な愛に包まれる。それが集合的意識だから。そのとき、あなたは「ひとつであるもの」と一体になり、別のものを創造させたいと考えるまでは、あなた自身と「これまで存在したすべて」の他はなにも存在しなくなる。これが、ニルヴァーナ(涅槃)、「ひとつであるものと一体になる」経験だ。瞑想の際にほんのつかの間、この信じられないほどの恍惚感を経験する人は多い。

この一体感を、無限という時のない時間を経験したあと、あなたはこの経験をやめる。なぜなら、「ひとつであるもの」以外の何かが存在しなければ、「ひとつであるもの」を「ひとつ」として経験できないからだ。これを理解したとき、あなたは再び分離、分裂という考えを創造する。こうして、あなたは宇宙の車輪の上を旅し、前進し続け、回転し続ける。いつまでも、いついつまでも、永遠に。あなたは「ひとつであるもの」に無限に回帰し、その度に無限の時間を経験する。そして、宇宙の車輪のどこにいても、「ひとつであるもの」へ戻る道具(ツール)をもっていることを知るだろう。

これを読んでいるいまでも、それができる。

明日、瞑想するときにも、それができる。

いつでも、それができる。



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【2008/03/30 21:00】 |
魂が身体を離れるのは完了したからなんだよ
質問者:しかし、それならどうして、もっと大勢のひとが戻ってこないんでしょう?どうして、ニュースにならないんですか?だって、そんなことが起こったら、世界的な大ニュースですよ。

実勢には大勢のひとが霊的なかたちで戻っている。それに、多くはないが、身体に戻っているひとたちもいるよ。

質問者:やっぱり!そうでしょう!そうなんだ!だけど、どうしてなんですか?蘇生するのがそんなに簡単なら、どうしてもっと多くの魂がそうしないんですか?

それは簡単かどうかの問題じゃないよ。望むかどうかの問題だ。つまり、以前と同じ物質的なかたちに戻りたいと望む魂はごく僅かだ、という意味だよ。身体に戻ることを選ぶにしても、殆どは別の身体、別の者に戻るね。そうすれば、新しい事業が始められる。新しい記憶を経験できるし、新しい冒険が可能になる。

一般に、魂が身体を離れるのは完了したからなんだよ。その身体でしようと思ったことは完了している。求める経験はすべて経験し尽くしているんだ。

質問者:でも、たまたま、事故で死亡したひとはどうなんですか?そういうひとも、経験が完了しているんですか。それとも、「中断」されたんですか?

あなたはまだ、ひとが「たまたま」死ぬことがあると思っているのかね?

質問者:それじゃ、そういうことはないんですか?

宇宙には「たまたま」などということはない。「たまたま事故で」はありえなし、「偶然」もない。

質問者:それが真実だとしたら、死者を悼む必要はないでしょうね。

死者は悼んでほしいなどとは、さらさら思っていないよ。

彼らが自らのより高度な選択によってどこへ言ったのかわかっていれば、彼らの出発を悼んだりはすまい。あなたがたの言う「あの世」を一瞬でも体験し、自分と神についての最も偉大な考えにふれることができれば、葬儀のとき心から微笑むことができるだろうし、心は喜びに満たされるだろう。

質問者:葬儀のとき、わたしたちは失った者を悼んで泣くんです。二度と会えないと思うから、二度と愛するひとを抱きしめることも、触れることも、一緒にいることもできないと思うから、悲しいんです。

泣くのはよろしい。亡くなったひとへの愛に敬意を表すことだから。だが、身体を離れた喜ばしい魂をもっている偉大な現実とすばらしい経験を知っていれば、その悲しみも長くは続かないはずだ。


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【2008/03/29 21:00】 |
蘇生
質問者:子どもの頃、こんなお祈りを教わりました。「主よ。わたしには、わなたをわたしの部屋の下にお入れする資格はありません。お言葉をいただかせてください。そうすれば、私の魂は必ず癒されます」。あなたの言葉を聞いて、癒された気がします。もう、自分に価値がないとは感じません。あなたは、自身をもたせる方法をご存知だ。わたしも、全人類に贈り物を与えられるのなら、「あなたには価値がある」と思わせたあげたいですね。3部作の対話が完成しても与え続けていけたらいいのですが。

そのときには、また別の方法が見つかるよ。

質問者:そうだと、とても嬉しいですね。誰でも、ひとに何かを与えることができるでしょう。わたしは、それぞれのひとに価値があると思わせてあげたいのです。

それでは、その贈り物を与えてなさい。ふれあうひとすべてに、あなたは価値があると思わせられるよう、努力しなさい。すべてのひとに、それぞれひととして価値がある、自分であるだけですばあしいのだと感じさせてやりなさい。この贈り物を与えていけば、世界を癒すことができるよ。

質問者:どうぞ、そのために力をお貸し下さい。

いつでも貸してあげるよ。わたしたちは友だちじゃないか。

質問者:ところで、わたしはこの対話がとても好きなんです。それで、以前おっしゃったことについて、ひとつ伺いたいのです。「生命と生命の間」の生命について話していたとき、こんなふうにおっしゃいましたね。「いつでも自分が選んだときに、自己の経験をもう一度、創造することができる」と。あれは、どういう意味なんですか?

つまり、いつでも好きなときに「存在するすべて」から離れて、新しい「自己」、あるいは以前と同じ自己になれるということだよ。

質問者:すると、「自分」という認識、自意識を保持できる、そこへ戻れる、とおっしゃるんですか?

そう。あなたは常に、自分が望む通りの経験ができる。

質問者:それでは、この地球上の生命に、それも「死ぬ」前と同じ自分に戻ることができるんですか?

そうだよ。

質問者:肉体をもった自分に?

イエスの話を聞いたことがないのかな?

質問者:そりゃ、あります。でも、わたしはイエスではありませんし、彼のようになれるなんて思いません。

しかし、イエスは「これらのことを、そしてもっと多くを、あなたもなすであろう」と言ったのではなかったかね?

質問者:ええ。でも、そういう奇跡のことじゃないと思ってました。

それは気の毒だったな。だって、死から蘇ったのは、イエスだけじゃないのだからね。

質問者:こりゃ驚いたな(My god)、そんな罰当たりな。

キリスト以外の誰かが蘇生したら、罰当たりなのかな?

質問者:いや、でも、そう言うひともいるでしょうね。

そう言う者は、聖書を読んだことがないのだろう。

質問者:聖書ですか?聖書に、イエス以外の誰かが死後、蘇ったと書いてあるんですか?

ラザロの物語を聞いたことがないのか?

質問者:それは、ズルイですよ。だって、彼はキリストの力によって蘇ったんじゃないですか。

その通り。で、あなたの言う「キリストの力」は、ラザロにだけ働いたのだろうか?世界の歴史のなかで、たったひとりだけが対象だったのかな?いいかな。「死」から蘇ったひとは、大勢いる。「蘇生」などということは毎日、たったいまもどこかの病院で起こっている。

質問者:なんだ、そういうことですか。ズルイなあ。それは神学ではなくて、医学じゃないですか。

おやおや。神が関わっているのは過去の奇跡だけで、現在の奇跡には無関係だというわけだ。

質問者:うーん・・・そうですね。一本、取られたな。だけど、イエスのように、自分の力で死から蘇ったひとは誰もいないでしょう?そんなふうに「死」から戻ったひとはいません。

本当にそうかな?

質問者:ええ・・・たぶん・・・。

インドのキリストと言われているマハバタール・ババジのことを聞いたことがあるかね?

質問者:東洋の神秘を持ち出すのはやめましょうよ。その手の話は信用しかねるというひとが多いですよ。はっきりさせたいんですが。あなたは、魂が望めば霊的なかたちでも、物質的なかたちでも、いわゆる「死」から戻ってこられる、そうおっしゃるんですか?

ようやく、わかりかけてきたようだね。


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【2008/03/28 21:00】 |
最も深い真実を変化させなさい
質問者:それでも、わたしたちはひとを批判しようとする。何が許され、何が許されないか、自分の考えが年中変化するのに、違う考えのひとを非難する。全く、呆れたものですね。自分の気持ちすらきちんと決められないのに・・・。

それは問題ではないよ。何が「正しい」か、何が「間違っている」か、考え方が変化することは問題ではない。変わるべきなのだ。そうでなければ、成長しない。変化は進化の産物だからね。

問題は大勢のひとが、現在の価値観は正しい、完璧だ、誰もがそれに従うべきだとしつこく考え続けてることだ。なかには、自己を正当化し、独善に陥っているひとたちもいる。

自分のためになるのなら、信念にこだわりなさい。信念を持ち続けなさい。迷わなくていい。何が「正しく」、何が「間違っている」と考えるか、それによって自分が決まるのだから。しかし、ひとにあなたの考え方を押し付けてはいけない。sれに、現在の信念や習慣に「しがみつき」、進歩のプロセスを阻んでもいけない。

実は、したくてもできないのだがね。性目は、あなたにおかまいなしに進んでいく。同じところに留まるものは何もないし、変わらないものもない。変わらないとは、動かないことだ。動かないとは死ぬことだ。

生命はすべて動きだ。岩でさえも動きに満ちている。すべてが動く。すべてだ。すべては次の瞬間には変わっている。変わらないものはない。。同じところに留まること、あるいは留まろうとすることは、生命の法則に反した動きだ。それはばかげている。その闘いでは、常に生命が勝つ。

だから、変化しなさい!そう、変わりなさい!何が「正しく」、何が「間違っている」かという考え方も変えなさい。あれこれについての意見も変えなさい。自分の組成、自分の構造、自分のモデル、自分の理論を変えなさい。

最も深い真実を変化させなさい。後生だから(for goodness' sake:神のために)、自分自身を変えなさい。これは文字通りの意味だよ。神のために、自分自身を変えなさい。本当の自分について新しい考え方をするから成長する。誰が、何が、どこで、いつ、どのようにして、なぜということについて新しい考え方をすれば、謎が解決し、仕掛けが暴かれ、物語が完結する。そのとき、新しい、もっと大きな物語が始まる。

すべてについての新しい考え、それこそエキサイティングな創造の場であり、あなたのなかの神が現れ、余すところなく現実化するところだ。

どんなに「良い」と思っても、もっと良いことがある。自分の神学やイデオロギー、宇宙観がどんなにすばらしくても、もっとすばらしくなれる。シェイクスピアが言うように、「天と地の間には、おまえの哲学では及びもつかないことがある」のだから。

だから、開かれていなさい。オープンでいなさい。古い真実が心地よいからといって、新しい真実の可能性を閉め出してはいけない。心地よさのゾーンが終わるところから、人生が始まる。


だが、性急にひとを批判しないこと。ひとの「間違い」は、昨日のあなたの「正義」だ。ひとの過ちは、いまは訂正した昨日のあなたの行動だ。ひとの選択と決定が「有害」で「他人を傷つけ」、「自分勝手」で、「許しがたい」としても、いままでのあなた自身もそうだったのだ。「どうしてそんなことをするのか、想像もできない」と思うのは、自分が来た道を、そしてお互いがこれから行く道を忘れているからだ。

それから、自分は邪悪だ、価値がない、取り返しがつかないと思っているひとたちに言っておこう。いつまでも迷っている者は誰もいないし、これからも決していない。全員が成長のプロセスにいるからだ。あなたがた全員が進化という経験のなかを進んでいる。

それが、わたしだから。

あなたがたを通じて、わたしが進んでいるのだから。


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【2008/03/27 21:00】 | 正邪&善悪
あなたの価値観は、あなたが「正しい」と言うから正しい。
質問者:では、どうしてわたしたちはいままで耳を傾けなかったんでしょう?どうして、あなたの偉大な約束を信じなかったんでしょうか?

それは、神が善だと信じられなかったからだ。だから、わたしの善については忘れなさい。代わりに、単純な理屈を信じなさい。

あなたを赦す必要がないのは、あなたがわたしに逆らって機嫌を損ねたりするはずがないからだ。わたしが傷ついたり、破壊されたりすることはありえないのに、あなたがたはそうできると思っている。なんという幻想だろう!なんと途方もない妄想だろう!

わたしを傷つけることはできない。どんなことがあっても、わたしは傷つかない。わたしは傷つきえないものだからだ。そして傷つきえないものは、ひとを傷つけることもできないし、傷つけようともしない。そんな必要はないのだ。わたしは無礼だ、失敬だと機嫌を損ねたり、傷つけたり、損なわれたりしない。そんなことはありえない。

あなたも同じだ。他のすべてのひとも同じだ。ただ、あなたがたはみな、自分が傷つけられ、被害を受け、破壊されてることがありうるし、そうされてきたと信じている。

被害を受けたと思うから、復讐しないではいられなくなる。苦痛を経験するから、お返しとしてひとに苦痛を与えずにいられなくなる。だが、ひとを苦しめることを、正当化できるかな?誰かが自分を苦しめた(と想像した)ら、報復として傷つけていいのか?人間として互いにしてはいけないと言っていることなのに、正当化できれば自分はしてもいいのか?

それは狂気の沙汰だよ。その狂気のせいで気づかないが、実はひとを傷つけて苦痛を与えるものは誰でも、自分は正当だと考えている。当人は、自分が望むことに照らして、正当な行動だと思っている。

あなたは彼らの世界観や道徳観、倫理観に、神学的理解に、それに決定や選択や行動に同意しないかもしれない―だが、当人は自分の価値観に照らして、それでいいと思っている。

あなたは彼らの価値観を「間違っている」と言う。だが、あなたの価値観が「正しい」というのはいったい誰だろう?あなただけだ。あなたの価値観は、あなたが「正しい」と言うから正しい。それでも、あなたが自分の言葉を守れば、多少は筋が通るかもしれないが、あなた自身、何が「正しい」か、何が「間違っている」か、考え方を始終変えている。個人でも社会でも同じことだ。

社会は数十年前に「正しかった」ことを、いまは「間違っている」と言う。そう遠くない過去に「間違っている」と思ったことを、いまは「正しい」と言う。何が正しく、何が間違っているか、誰にわかるのかね?スコアカードがなくて、選手が知ることができるかな?


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【2008/03/26 21:00】 | 正邪&善悪
あなたには価値がある
質問者:わたしは、自分が本を書いているなんて思っていません。著者はあなた、神で、わたしはただの筆記者です。

神は著者だ―そしてあなたも著者だ。わたしが書くのと、あなたが書くのと、何も違いはない。違いがあると考えている間は、肝心なことがわからないだろう。だが、殆どの人間はこの教えを見過ごしている。だから、わたしは次々に新しい師を送り出す。みんな昔の師と同じメッセージを携えている。教えを個人的な真実として受け入れるのをためらう気持ちはわかるよ。もし、あなたと神は「ひとつ」であると―神の一部であるとすら―主張して歩き、話したり書いたりしたら、世界はあなたをどう扱えばいいかと途方に暮れる。

質問者:ひとは好きなように思えばいいですが。わたしにわかるのは、こういうことです。わたしは、ここで与えられ、3冊の対話で語られている情報を受けとる価値のある人間じゃない。この真実のメッセンジャーに、自分がふさわしいとは思えないんです。いま3冊目に取り掛かっていますが、出版されないうちから、このわたし、散々過ちを重ね、自分勝手なことをしてきたわたしは、すばらしい真実の担い手になる価値なんかないことがわかってるんです。

質問者:だが、それこそが、この3冊の最大のメッセージなのかもしれませんね。神は、どんな者からも身を隠さず、誰にでも、いちばん価値のない者にすら語りかけるというメッセージだ。わたしにすら話しかけるのであれば、神は真実を求めるすべての男、女、子どもの心に真っすぐに話しかけるでしょう。だから、誰にでも希望はある。神に見捨てられるほど酷い人間は誰もいない。神が顔を背けるほど許しがたい人間は誰もいない。

あなたはそう信じているのか?いま書いた通りに信じているのかな?

質問者:そうです。

では、そうなるだろう。

だが、いいかね。あなたには価値がある。誰にでも価値があるように。価値がないというのは、人類に浴びせられた最悪の非難だ。あなたは過去をもとに自分の価値を決めるが、わたしは未来をもとにあなたの価値を決める。

未来、未来、常に未来だ!人生、生命は未来にあるのであって、過去にはない。未来にこそ真実があるのであって、過去にはない。これまでしてきたことは、これからすることに比べれば重要ではない。これまで犯してきた過ちは、これから創造するものに比べれば何の意味もない。


あなたの過ちを赦そう。すべての過ちを赦そう。あなたの間違った情熱も赦そう。すべてを赦そう。間違った意見も、見当違いの理解も、有害な行動も、自分勝手な決定も赦そう。すべてを赦そう。

他のひとは赦してくれなくても、わたしは赦す。他のひとは罪悪感から解放してくれなくても、わたしは解放する。過去を忘れて前進し、新しい何かになることを誰も認めてくれなくても、わたしは認める。あなたは過去のあなたではなく、いつも、いつまでも新しいあなただと知っているから。

罪人は一瞬にして聖人になる。一秒で。ひと息で。本当のところ、「罪人」などいない。誰も罪を侵すことなどできない。まして、わたしに対してはありえない。だから、あなたを「赦す」と言うのだよ。あなたにわかる言葉を使っているのだ。

本当はあなたを赦すのではない。これからも、赦さなければならないことなど何もない。だが、あなたを解放することはできる。だから、いま解放しよう。いま。再び。大勢の他の師の教えを通じて、過去に何度も解放してきたように。


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【2008/03/25 21:00】 |
神は誰にも自分を証明しようとはしない。そんな必要はないからだ。神は神である、それだけだ
質問者:質問をしてよかったですよ。だって、「いっぺんに二か所にいられる」とか「したいことは何でもできる」という話は、ちょっとヤバイですからね。こういうことを言うと、エンパイア・ステート・ビルから「わたしは神だ!見ろ!わたしは飛べるのだ!」と叫んで飛び降りる人間がでてくるかもしれない。

そんなことをする前に、トータルな認識を実現した方がいいな。自分が神だと他人に証明しなければならないとしたら、自分が神であることを知らないのだ。すると、「知らない」という状況が現実になる。つまり、墜落してぺっちゃんこになるね。

神は誰にも自分を証明しようとはしない。そんな必要はないからだ。神は神である、それだけだ。自分が神と「ひとつ」であることを知っている者、神とともにある経験をしている者は、誰にも証明する必要がないし、証明したいとも思わない。まして、自分に証明しようなどとは考えない。

だから、「あなたが神の子なら、十字架からおりて、証明して見せるがいい!」とあざけられても、イエスと呼ばれたひとは何もしなかった。だが、三日後、ひっそりと静かに、証人も見物人も証明すべき相手も誰もいないところで、彼はもっと驚くべき大きなことを行った。以来、世界はそれについて語り続けている。そして、その奇跡にあなたがたは救済を見出した。なぜなら、そこで示されたのはイエスの真実であるだけでなく、あなたがたの真実であり、ひとから言われ、自分も信じてきた自分自身についての偽りから救い出してくれたからだ。

神は常に、あなたがたを最高の考えに導く。

たったいまも、地球には高い考えを実践しているひとがたくさんいる。そのなかには、物質を出現させたり消したり、自分自身を出現させたり消したり、ひとつの身体で「永遠に生き」たり、同じ身体に戻ってもう一度生きることまで含まれる。

これもみな、すべて信念で可能になる。彼らの知識によって可能になる。物事はどうなっているのか、本来、どうあるべきかについて、変わらぬ明晰さを抱いているから可能になる。

過去に、人びとが地上の姿のままでこれらを成し遂げたとき、あなたがたはそれを奇跡と呼び、その人びとを聖者、救世主だと思った。しかし、彼らはあなた以上であるわけではない。あなたがたすべてが聖者であり救世主だ。それが、彼らのメッセージなのだ。

質問者:だって、そんなことがどうして信じられますか?そりゃ、本当だと信じたいと心の底から思いますよ。しかし、信じられません。

本当だと信じることはできない。ただ、わかるだけだ。

質問者:どうすれば、わかりますか?どうすれば、そうなれるんですか?

自分が選ぶものを、ひとに与えなさい。それができなければ、ひとがそうなるのを助けなさい。誰かに、あなたはすでにそうなっていると語りなさい。彼らを称えなさい。敬意を表しなさい。

導師(グル)の教えを受ける価値はそこにある。そこが、肝心なところだ。西欧では「導師(グル)」という言葉には、マイナスのエネルギーがたくさんつきまとっている。侮蔑的な言葉にすらなっている。導師(グル)といえば、ほら吹きと同列に扱われている。導師に従うのは、力をゆだねることだと思われている。

導師を称えるのは、力をゆだねることではない。力を得ることだ。導師を称えるとき、偉大なる師に敬意を表すときには、「あなたが見えます、わかります(I see you)」と言う。そして、相手のなかに見えるものは、自分のなかにも見える。それは内なる現実の外部的な証拠だから。内なる真実の外部的な証明だから。自分の真実だからだ。これが、あなたが書いている本のなかでもたらされる真実だ。



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【2008/03/24 21:00】 |
到達することはできない。ただ、そこにいることができるだけだ
質問者:それじゃ、いつでも誰にでも、望む通りのものを与えてきたとおっしゃるんですか?

そうだ。愛する者よ、その通りだよ。

あなたの人生はあなたの欲求の反映だし、何が実現できるかという信念の反映だ。望みが実現すると信じていなければ、与えられない。わたしはあなたの考えに反したことはしない。そんなことはできない。何かを得られないと信じることは、望まないのと同じだ。同じ結果を生むのだよ。

質問者:でも、地球上では、望むものをすべて手に入れることはできませんよ。例えば同時に二か所ににいることはできない。望んでもできないことは、他にもたくさんあります。だって、地球上でのわたしたちは、本当に限られた存在なんですから。

あなたがそう考えているのはわかっている。だから、その通りになる。いっぺんに二か所にはいられないと思えば、その通りになる。だが、思考と同じスピードでどこにでも行けると思えば、しかもある「時」に複数の場所で物質的なかたちで現れることさえできると思えば、その通りになるかもしれない。

質問者:そりゃ、この情報が神から真っすぐに届いていると信じたいですよ。だが、そういうことを聞くと、頭がおかしくなってしまう。話についていけなくなる。だって、信じられないですからね。つまり、あなたが言ったことが真実だ何て思えない。そんなことを経験した人間はいませんよ。

とんでもない。あらゆる宗教の聖人や賢者は、どちらも経験したと言われているではないか。そのためには、高度な信念が必要だろうか?超自然的なレベルの信念が必要か?千年にひとりしか実現できないレベルの信念か?その通り。それでは、不可能か?それは違うな。

質問者:でも、どうすればその信念を創造できますか?どうすれば、そのレベルに到達できますか?

到達することはできない。ただ、そこにいることができるだけだ。言葉の遊びをしているのではないよ。本当にそうなのだ。この種の信念(完全な知識と呼ぼうか)は、獲得しようとして獲得できるものではない。それどころか、獲得しようとすれば、かえってできない。単純に、あるかないかだけだ。そういうものだ。完全な知識はトータルな認識から生まれる。そこからしか生まれない。その認識を獲得したと考えても、そうはならない。

例えば、身長が150cmしかないのに、180cmで「あろう」とするようなものだ。なりたいと思って、180
cmになることはできない。ありのままの150cmで「いる」しかない。だが、成長すれば180cmになるだろう。180cmならば、180cmの者にできることは何でもできる。トータルな認識があれば、トータルな認識があるひとにできることは何でもできる。

だから、「信じようと努力」したりしてはいけない。その代わりに、「トータルな認識」という状態になろうと努力しなさい。そうすれば、もう信念は必要ない。完全な知識が驚異的な作用をする。

質問者:いつか、瞑想していたとき、すべては「ひとつ」であるというトータルな認識を経験したことがあります。すばらしかった。うっとりしました。それ以来、もう一度経験したいと努力してきましたよ。でも、できなかった。そのせいだったのですね?何かを求めている間は、得られないとおっしゃった。わたしがその状態を求めていたからこそ、その状態になれなかった。この対話全体で教えてくださっている知識と同じことなんでしょう。

そう、そう。わかったようだね。前よりはっきりしただろう。だから、同じことを繰り返し、同じ場所へ戻っているのだ。3度でも、4度でも、いや5度でも繰り返してあげるよ。



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神との対話〈3〉宇宙になる自分になる (サンマーク文庫)神との対話〈3〉宇宙になる自分になる (サンマーク文庫)
(2002/06)
ニール・ドナルド ウォルシュ

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【2008/03/23 21:00】 | 自我
あなたがたの多くが共通にもっている「支える思考」のひとつは、「足りない」ということだ
質問者:それでは、わたしは親類縁者と一緒にいたいと考え、~らの方では「すべてであるものの一部」になりたい、あるいは別の場所にいたいと考えたら、どうなるんですか?

あなたとそのひとたちは必ず同じことを望む。あなたとわたし、あなたの親類縁者とわたし、みんな「ひとつ」で、同じなのだから。

あなたが何かを望むという行為は、わあたしの行為でもある。あなたはわたし、望むという経験をしているわたしだ。だから、あなたの望みはわたしの望みだ。親類縁者とわたしも「ひとつ」、同じだ。

地球上でも、あなたがたはみな同じことを望んでいる。あなたがたは平和を望む。繁栄を望む。喜びを望む。満たされることを望む。自己を表現できて満足感を味わえる仕事、愛のある暮らし、健康な身体を望む。これを偶然だと思うかな?そうじゃない。それが生命の働きだ。そのことを説明しているのだよ。

さて、地球と霊の世界との違いは、ひとつしかない。地球では同じことを望んでいるのに、達成する方法についてはばらばらな考え方をしている。だから、同じものを求めて、てんでんばらばらな方向へ向かう!考え方が違うので、結果が違ってくる。この考えを、「支える思考」と呼んでもいい。これについては、1冊目の対話で話したね。

あなたがたの多くが共通にもっている「支える思考」のひとつは、「足りない」ということだ。愛が充分じゃない、お金が充分じゃない、食べ物が充分じゃない、衣服が、住まいが、時間が、良いアイデアが、何よりも活動するのに自分自身が充分じゃない。

この「支える思考」のせいで、あなたがたは、「足りない」ものを獲得しようと、あらゆる戦略を弄する。望むものが何であろうと、みんなに行き渡るだけ充分にあるとわかれば、解決するのに。

あなたがたが「天国」と呼ぶところでは、「足りない」という考えは消えうせる。なぜなら、自分と望むものとの間に隔たりがないことに気づくからだ。

自分自身でさえ、充分すぎるほど豊富にあることに気づく。いつでも数か所にいられるのだから、兄弟が望むことを望まないはずがないし、姉妹が選択することを選択しないはずがない。兄弟姉妹が臨終のときに側にいて欲しいと思えば、駆けつけない理由はない。だって、駆けつけても、全く他の行動の妨げにはならないのだからね。

このようにノーという理由がない状態、これがわたしが常にいる状態だ。

「神は決してノーと言わない」というのは真実だよ。わたしはいつも、あなたの望み通りのものをすべて与える。時のはじまりからそうしてきたように。



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神との対話〈3〉宇宙になる自分になる (サンマーク文庫)神との対話〈3〉宇宙になる自分になる (サンマーク文庫)
(2002/06)
ニール・ドナルド ウォルシュ

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【2008/03/22 21:00】 | 世界情勢
宇宙には矛盾はない
質問者:わたしは、真の智恵に到達することができるでしょうか?

「死」ののち、あなたは過去の問いの答えをすべて知るかもしれない。そして、存在するとは夢にも思わなかった新たな問いを受け入れるかもしれない。

あなたは、もう一度、人間の生命を経験しようとするだろうか?他のかたちを選ぶだろうか?

「霊の世界」で経験しているレベルに留まろうとするだろうか?さらに進んだ知識や経験を選ぶだろうか?「自分のアイデンティティを喪失」して、「ひとつであるもの」の一部になるだろうか?何を選ぶか?何を選ぶ?何を?

わたしはいつも、それを尋ねている。宇宙は常にそれを探っている。宇宙は、あなたの最大の願いを叶え、最大の欲求を満たしてやることしか知らない。毎日、毎時、宇宙はそれを実行している。あなたはそれを意識していない。わたしは意識している。わたしとあなたは、そこが違う。

質問者:教えてください・・・わたしが死んだら、すでに亡い親類縁者や愛していたひとたちが会いに来て、何が起こっているのか教えてくれるのでしょうか?そうなる、と言うひともいますね?「先に逝ったひとたち」と再会しますか?そして、永遠に一緒にいられるんですか?

あなたは何を選ぶ?そうなることを選ぶかね?それなら、そうなるだろう。

質問者:そんな。混乱してきましたよ。わたしたちはみんな自由な意思をもっていて、それは死後まで続く、そうおっしゃるんですか?それなら、愛していたひとたちとわたしの意志が一致しなくてはダメですね。わたしと同じ考え、同じ欲求をもってくれなければだめだ。でないと、わたしが死んだとき、待っていてはくれないでしょう?それに、わたしが永遠に彼らと一緒にいたいと思っても、誰かが前進したいと考えたら、どうなるんですか?誰かがもっと上に進みたい、「ひとつであるもの」と一体になりたいと考えたら?そうしたら、どうなります?

宇宙には矛盾はない。あなたが言う状況になったとしたら、あなたが選んだ通りになる。

質問者:どっちも?

どっちも。

質問者:しかし、どうしてそうなるのかな。聞いていいですか?

いいとも。あなたは、わたしが一か所にいる、あるいは一か所にしかいないと思っているかね?

質問者:いいえ。あなたは一時にあらゆるところに存在する。神は遍在する、とわたしは思っています。

そう、その通りだ。わたしがいない場所、そんなものはない。それはわかるね?それでは、どうして、自分は別だと思う?

質問者:だって、あなたは神ですよ。わたしは、生命に限りある、ただの人間です。

おやおや。まだ、「生命に限りある、ただの」人間だと、思い込んでいるのかな・・・。

質問者:わかりました、わかりましたよ・・・。議論の都合上、そういうことにしましょう。わたしも神である、少なくとも、神と同じものでつくられている。そうすると、わたしも時を越えて、あらゆる場所に存在できるとおっしゃるんですか?

意識が何を現実化するかという問題だ。それだけだよ。「霊(いのち)の世界」では、想像すれば経験できる。ある「時」、ある場所で、ある魂としての経験をしたいと考えれば、その通りになる。

だが、自分の霊にもっと大きなことを経験させたい、一時に多くの場所にいたいと考えれば、それもその通りになる。それどころか、霊はどんな「時」、どんなところにでもいられる。なぜならば、本当は唯一の「時」、唯一の「場所」しかないからだ。あなたがたはみんなそこにいる。だから、望みさえすれば、ひとつの部分でも複数の部分でも経験できるし、どんな時でも選べる。


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(2002/06)
ニール・ドナルド ウォルシュ

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【2008/03/21 21:00】 |
ゲームは永遠に終わらない
質問者:死後の世界には特定のあり方というのはない、そうおっしゃりたいのですか?わたしたち自身の精神と関係ない永遠の真実、そういうものはないんですか?死後も、わたしたちは神話や伝説やもっともらしい経験を創っては、さらに次の現実へと進み続けるんですか?いつになったら、束縛から逃れらられるんでしょう?いつになったら、究極の真実を知ることができるんですか?

自分がそうしようと思ったときに。それが、ロビン・ウィリアムズの映画のテーマだっただろう。ここでのテーマでもあるね。

そう、「唯一の偉大な真実」は存在する。究極の現実はある。だが、その現実とは関わりなく、いつもあなたがたの選択通りになる。なぜなら、究極の現実とは、あなたがたが神聖な被造物で、自分が経験を創り出してそれを体験しているということだから。

個々の自分の現実を創造するのはやめて、もっと大きな統一された現実を理解し、経験したいと思えば、すぐにそうなる。そう願って「その意思と知識をもって死んだ」者は、直ちに「ひとつであるもの」を経験する。他の者は、自分がそう望んだとき、はじめて経験する。


魂が身体に宿っているときも、全く同じだ。

すべては自分の望み、選択、創造次第で、究極的には創造不可能なものを創造するかどうかが大切になる。つまり、すでに創造されていることを経験できるかどうかだ。

これが創造された創造者だ。動かない動かし手だ。アルファでありオメガ、前であり後ろ、これがそうすべてがもつ、いまで過去で永遠であるという側面だ。それをあなたがたは神と呼ぶ。

わたしはあなたがたを見捨てはしない。だが、わたし自身を押し付けもしない。あなたがたは、好きなときにわたしのところへ戻ってくるだろう。身体をもっているいまでも、身体から離れた後でも、そうしたいと思ったときに、「ひとつであるもの」に戻り、個々の自分を捨てるだろう。同時にそうの気になれば、個々の自分という経験を再創造するだろう。

あなたがたは、「存在するすべて」のどの側面でも、好きなように経験できる。極小さな部分でも、最大の面でも。小宇宙も大宇宙も経験できる。

質問者:つまり粒子も岩も経験できるんですね。

そう、その通りだよ。わかったようだね。

人間の身体にいるときには、全体ではなく小宇宙の部分を経験している(だが、一番小さい部分ではないよ)。身体から離れたときには(「霊(いのち)の世界」と呼ぶひともいるね)、量子的飛躍(クオンタム・リープ)によって視点が拡大される。突然に、いまは理解できないことがすべて理解できる。すべてになれる。

そのときには、大宇宙の見方で、もっと大きな大宇宙があることもわかる。つまり、「存在するすべて」は自分が経験している現実よりもさらに大きいことがわかる。そのとき、あなたがたは畏敬(いけい)と期待と驚きと興奮、喜びと恍惚感に満たされるだろう。わたしが知って理解していることが、あなたがたにもわかるからだ。つまり、ゲームは永遠に終わらない。


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【2008/03/20 21:00】 |
地獄を経験できないなんて言ったことはないよ。地獄は存在しないといったのだ
質問者:それでは、地獄に行くこともありうるわけですね。生涯、地獄はきっと存在する、神が「生者と死者」に審判を下し、「麦と籾殻を」、「ヤギと羊を」分け、神に背いた者は必ず「地獄へ」行くと信じていた者は、本当に地獄へ行くんじゃありませんか!彼らは地獄で永遠の業火に焼かれるんだ!どうすれば、逃れられますか?この対話で地獄などないと繰り返しおっしゃった。だが同時に、わたしたちは自分で自分の現実を創り出す、どんな現実でも思考によって創造できるとも繰り返された。だから、地獄の業火も呪いも、それを信じる者には存在するんじゃありませんか。

究極の現実のなかには、究極の現実しか存在しない。だが、自分が選んで下位の現実を創り出すこともある。それはあなたの指摘通りだ。そのなかには、あなたが言ったような地獄の経験もある。地獄を経験できないなんて言ったことはないよ。地獄は存在しないといったのだ。あなたがたの経験の殆どは存在しないが、それでも経験している。

質問者:いやあ、嘘みたいだ。友人のバーネット・ベインが、まさに、その通りの映画を製作したんですよ。いまは1998年8月7日です。この部分は2年前の対話にあとから書き込んでいますが、原稿を出版社に贈る直前にもう一度読み返していて、気づいたんです。おいおい!ここで話した通りの映画にロビン・ウィリアムズが出演しているじゃないか、と。『奇跡の輝き』という映画ですが。

よく知っているよ。

質問者:本当ですか?神さまは映画を見るんですか?

神が映画をつくるんだよ。「オー・ゴッド!」という映画を見たことがないかね?

質問者:そりゃ、ありますよ。でも・・・。

それでは、神は本を書くだけだと思っていたのかな?

質問者:すると、ロビン・ウィリアムズの映画は真実なんですか?つまり、あの通りなんですか?

いやいや。神性に関しては、どんな映画も本も説明も、文字通りの真実ではない。

質問者:それじゃ、聖書はどうですか?聖書も文字通り、真実じゃないんですか?

違う。そんなことはもう、わかっていると思っていたがな。

質問者:それじゃ、この本はどうなんですか?この本は、文字通りの真実でしょう!

いや、こんなことは言いたくないが、あなたは自分というフィルターを通して、これを世に出している。だいぶフィルターの通りがよく、綺麗になったのは認めるがね。あなたは、とても良いフィルターになったよ。だが、フィルターであることに変わりはない。

質問者:わかっています。もう一度、確かめたかっただけなんですよ。こういう本や映画を、文字通りの真実だと受け止めるひともいますからね。そいうのは、やめてもらいたいんです。

あの映画の脚本家やプロデューサーは、不完全なフィルターを通して大きな真実を語っている。彼らが言いたかったのは、死後、自分が経験すると期待し、選択するとおりのことが現実になるだろう、ということだ。その点は、実に効果的に表現したね。さて、さっきの話に戻ろうか?

質問者:はい。地獄はないが、それでも地獄を経験するのだとしたら、どこに違いがあるんですか?

自分が創り出した現実に留まっている限りは、違いはないね。だが、永遠にその現実を創っているわけではない。「10億分の1秒(ナノセカンド)」しか経験しないひともいる。だから、そういうひとたちは、個人的な想像のなかの悲しみや苦しみも経験しないだろう。

質問者:でも、生まれてからずっと、「そういう場所があて、そこへ追いやられるようなことを自分はした」と信じていたとしたら、どうすればその場所をいつまでも創り続けなくても済みますか?

知識と理解だ。

この世では、前の瞬間に獲得した新しい理解が次の瞬間を創り出すように、「来世」でも、前の知識や理解が新しい瞬間を創り出す。そして、「来世」で瞬時に理解できることがひとつある。経験は選べるということだ。それがすぐにわかるのは、来世ではたちまち結果が生じるからだ。だから、自分の思考と物事の繋がりも、思考が経験を創り出すことも、間違いようがない。

自分が自分の現実を創り出していると気づくだろう。


質問者:それで、幸せな経験をするひともいるし、恐ろしい経験をするひともいるんですね。深い経験をするひとも、薄っぺらな経験をするひともいる。また、死後について、実に様々な物語がある理由もわかります。臨死体験者のなかには、平和と愛が溢れていて、死の恐怖は全くなかったというひともあれば、本当に恐ろしかった、確かに闇と悪の力に出会ったというひともいます。

魂は、精神の最も強い示唆に応えて、経験を再創造する。

魂がしばらくその経験に留まると、非常に現実的になる。身体に宿っているときのように、その経験に留まり続けていることもある。だが、それも本当は現実ではないし、永遠でもない。また、すぐに適応して経験とは何かを見抜き、考えを新しくして、新しい経験に移る魂もある。



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ニール・ドナルド ウォルシュ

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【2008/03/19 21:00】 | 世界情勢
低い意識に取り巻かれているときに、自分の考えを大事にした方が身のためだし、高い意識に取り巻かれているときにには、周りに屈服した方が身のためだ
質問者:ありがとうございます。使命と課題をお与えくださったことに感謝します。目標をお与えくださったことに感謝いたします。あなたが指示してくださるのは、わたしが本当に行きたいと思う方向です。だから、あなたのもとへ来るのです。だから、この対話を愛し、祝福するのです。この対話で、わたしは自分の内部に神性を発見し、他者のなかにも見出すようになりました。

わが愛する者よ、あなたのその言葉で、天国は喜びに沸いているよ。

わたしがあなたのところへ来たのも、そしてわたしを呼ぶすべての者のところへ行くのもそのためだ。この本を読んでいる人びとのもとへ行くのも、そのためだ。この対話は決して、あなたひとりのものではない。世界中の何百万人ものひとたちのものだ。この本は奇跡的な方法で、最も必要としている人びとに、最も必要なときに届いている。そして、そのひとたちを、それぞれの時期に最もふさわしい智恵へと導く。みな、そのひとたち自身が呼び寄せているのだ。

ここにあなたを導いたのはあなた自身だ。

さて、あなたがさっき抱いた疑問に、一緒に取り組もうか。

質問者:それじゃ、死後の生命について話していただけますか?死後、魂に何が起こるかをさっき説明してくださいました。できるだけ、たくさんのことを知りたいのです。

では、あなたの得心がいくまで、その話をしよう。

前に、あなたが起こって欲しいと思うことは何でも実現すると言ったね。あれほ本当だ。身体に宿っている間も、身体から離れたあとでも自分の現実を創造している。最初はそれに気づかず、意識すらしないかもしれない。そのとき、あなたがたの経験は2つのエネルギーのいずれかによって創られる。コントロールのきかない考えか、集合的な意識か。

コントロールのきかない考えが集合的意識よりも強ければ、その度合いに従って、そちらを現実として経験する。集合的意識が受け入れられ、吸収され、内部化されていれば、その度合いに従って、それを現実として経験する。現在の人生で現実と呼ばれているものを想像するのと同じことだ。

生命には常に、3つの選択肢がある。

①コントロールのきかない考えに「いま」を創造させる。

②自分の創造的意識に「いま」を創造させる。

③集合的意識に「いま」を創造させる。


実は、これが皮肉なところなんだよ。いまの人生では、個々の認識に基づいて意識的に創造するのは難しいだろうし、周りを見て、自分の考えが間違っていると思うかもしれない。だから、集合的意識に屈服してしまう。それが自分にとって役に立つかどうかは、全く別だ。

ところが、あなたがたが「来世」と呼ぶ世界に入った途端に、集合的意識に屈服する方が難しくなる。なにしろ、周りには信じられない様なものが見えるのだから。そこで、自分の認識にこだわりたくなる。それが自分にとって役立つかどうかは、全く別だ。

本当は、低い意識に取り巻かれているときに、自分の考えを大事にした方が身のためだし、高い意識に取り巻かれているときにには、周りに屈服した方が身のためだ。

だから、高い意識をもったひとを探し求める方が賢い。どんなひとと道連れになるかということが、大切なのだ。このことは、いくら強調しても強調しすぎることはない。

その点、あなたがたが「来世」と呼ぶ世界では、全く心配は要らない。あっというまに高い意識を持った存在、それに高い意識そのものに囲まれる。それでも、自分がどんなに大きな愛に包まれているか、気づかないかもしれない。すぐにはわからないかもしれない。

だから、、何でも「思いのまま」だと考えるかもしれない。なんだかわからないが、とにかく猛烈に幸運だと思うかもしれない。だが、それは死後の意識を経験しているのだ。

自分でも気づかずに、死後を予想しているひとたちもいる。生まれてからずっと、死後、何が起こるのだろうと考えてきたひとたちだ。「死」のときには、その考えが現実になる。

そこでふいに、自分が何を考えてきたのかに気づく(realize)。現実化する(make real)。現実化するのは、自分のいちばん強い考え、いちばん情熱的に抱き続けてきた考えだ。

生命とはそういうものなのだよ。


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【2008/03/18 21:00】 | 人生
世界はあなたを待っている
質問者:で、さっきの話に戻りますが、やっと何もかもわかった気がしますよ。

というと?

質問者:先ほど「どうして、魂が身体のなかに宿っているときには『時』が存在し、魂が解放されると存在しなくなるのか?」とお尋ねしたのがキッカケで、すべてが説明されました。―「時間」というものは視点にすぎず、「存在」しないが「存在しなくなる」こともない。魂の視点が変わり、究極の現実を違うかたちで経験するだけだ―そうでしょう?

誠に、その通り!わかったようだね!

質問者:また、もっと大きなこともおっしゃった。大宇宙で魂は、思考と創造の直接的な繋がり、考えることと経験との直接的なつながりに気づくと。

そう。大宇宙のレベルでは、岩と同時に岩のなかの動きが見える。原子の動きと原子が創造している岩の見かけとの間に、「時間のいずれ」はない。原子が動いていても、岩は「存在する」。それどころか、動いているからこそ存在する。原因と結果が同時に起こっている。「同時に」動きがあり、岩が「ある」。「死」を迎えたとき、魂はそのことを悟る。要するに視点が変わるのだ。もっと多くが見えるし、理解できる。

死後には、理解に限界がなくなる。岩を見、同時に岩のなかを見られる。いまの時点では非常に複雑な生命現象に見えるものでも、「もちろん、そうだろう」と思う。すべてが、非常にはっきりする。

そのときには、また別の神秘について考えるだろう。宇宙の車輪を回っていくにつれて、もっともっと大きな現実、もっともっと大きな真実に出逢う。

だが、視点が思考を創り、思考がすべてを創るという真実さえ覚えていれば、それに、身体を離れる前にこの真実を思い出せば、あなたの人生はがらりと変わる。

質問者:思考をコントロールするには、視点を変えればいい。

その通り。視点を変えれば、考えが変わる。この方法を覚えれば、思考をコントロールできる。経験を創造するには、思考のコントロールこそすべてだ。これを常に祈ることだと言うひともいる。

質問者:さっきもそうおっしゃいましたね。でも、祈りをそんな風に考えたことがなかったな。

考えたらどうなるか、創造してみたらどうだ?思考をコントロールし、方向付けすることが、最高のかたちの祈りだと思えば、良いこと、正しいことだけを考えるだろう。たとえ深い闇に包まれていても、否定的なことや闇にこだわらなくなる。物事が荒涼として見えるときでも、いや、そのときこそ、完璧さだけを見るようになる。

質問者:いつでも、話はそこへ戻りますね。

わたしは、道具(ツール)を与えようとしている。この道具があれば、人生を変えられる。

過去に起こったこと、いま起こっていること、これから起こること、すべての出来事は、あなたの内なる思いや選択、思考、そして自分とは何者か、何者でありたいかという決断がかたちとして現れたものだ。だから、自分で嫌だと思う人生を嘆くのはやめなさい。代わりにその人生を変え、そんな人生にしている条件を変えることを考えなさい。

闇を見つめなさい。だが、呪わないこと。それよりも、闇に射す光になり、闇を変えなさい。

人びとの前で明るく光り、その光で闇のなかにいるひとたちを照らしなさい。そうすれば、みんなが本当の自分を悟るだろう。

光の担い手になりなさい。あなたの光は、あなた自身の道を照らすだけではない。世界を照らす。

だから、輝きなさい。明るい智恵をもつ者よ!輝きなさい!いちばん暗い時が、一番すばらしい贈り物になるかもしれない。自分が贈られたら、ひとにも贈りなさい。このうえなくすばらしい宝物、つまりそのひと自身を贈ってやりなさい。人びとにそのひと自身を取り戻してやること、それをあなたの務めに、最大の喜びにしなさい。いちばん深い闇にいるひとにも、その人自身を取り戻してやりなさい。いや、そういうひとにこそ、取り戻してやりなさい。

世界はあなたを待っている。世界を癒しなさい。いま、あなたのいる場所で。できることはたくさんある。迷子になったわたしの羊を見つけなければならない。だから、良き羊飼いになり、彼らをわたしの元へ連れ戻しなさい。



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【2008/03/17 21:00】 |
「再び別の何者か」になる
質問者:では、わたしが「死んでも」、それは死ではなくて、ただ大宇宙の認識のなかへ移動するだけなんですね。そこでは「時間」も「場所(スペース)」もなく、あのときもこのときもなく、前も後ろもないんですね。

その通り。わかったようだね。

質問者:では、わたしにも説明させてみてください。

どうぞ。

質問者:大きな視点から見れば、バラバラなものはない。「向こう側」から見れば、部分ではなくて全体が見える。足元の岩のように、完全で完璧な全体として存在している。ところが、岩を意識したほんの一瞬にも、岩のなかでは様々なことが起こっている。信じられないスピードで、岩の各部が動いている。その部分部分は何をしているのか?岩を岩としてつくりあげているんです。

質問者:だが、岩のなかの分子よりもっと小さな粒子の意識になると、猛スピードで「ここ」から「あそこ」へと移動している自分を経験する。岩の外から「何もかも一瞬のうちの出来事だよ」と声を掛けられれば、嘘だ、ホラを吹いちゃいけない、と思うでしょう。

質問者:ところが、遠くから見れば、岩の各部分がバラバラで、しかも猛スピードで走り回っているなんて、それこそ嘘だと思う。遠くからは、近くでは見えないものが見える。つまり、すべては「ひとつ」で、すべての動きが実は何も動かしてはいないことがわかる。

そうそう、その通り。よくわかったじゃないか。あなたが言うのは、生命とはすべて視点の問題だということだ。あなたの言葉は正しい。この真実を見つめていけば、神の大きな現実もわかってくるだろうし、全宇宙の秘密の鍵も見つかるだろう。すべては同じだということだ。

質問者:宇宙は神の身体の分子なんですね!

そう、あたらずと言えども遠からずだな。

質問者:そして、いわゆる「死」のあと、わたしたちの意識は大きな現実に戻っていくんですか?

そう。だが、あなたがたが戻っていく大きな現実は、さらに大きな現実にとっては小さな現実でしかないし、そのまた大きな現実は、さらに大きな現実にとって小さな現実でしかない。これは、いつまでもいつまでも続く。世界には終わりはない。

わたしたちは神、「存在」であり、常に自己を創造している。常にいまの存在になるという行為のさなかだ・・・いつか、いまの存在ではなく、別の何かになるまでは。

岩でさえも、いつも岩ではない。ただ「いつも岩」のように見えるだけだ。岩である前は、他の何かだった。何万年ものプロセスを経て化石化して、岩になった。かつては別のものだったし、いつかは別のもになる。

あなたも同じだよ。いつも、いまの「あなた」だったのではない。別の何者かだった。今日、ここにあなたが立派に存在しているが、実は・・・「再び別の何者か」になる。

質問者:すごいですね。全くすごいな!そういう話は聞いたことがなかった。生命の宇宙論全体を、理解できるように説明してくださったんですね。本当に驚いたな。

ありがとう。褒めてくれて、嬉しいよ。わたしも、ベストを尽くしている。

質問者:全く、呪わしいほど(damned)腕前ですよ。

これこれ、ここでそういう言葉はまずいのじゃないか。

質問者:あ、失礼しました。

なあに、からかったのさ。ちょっと、気分を解そうと思っただけだ。少しぐらい、ふざけたって構わない。わたしが「失敬だと機嫌を損ねる」ことなどありえない。わたしの代わりに、失敬だと機嫌を損ねる人間はいるが。

質問者:ああ、それは知っています。


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【2008/03/16 21:00】 |
「時間」はないが、「いま」はある。「場所(スペース)」はないが、「ここ」はある
質問者:死ぬ前には、どうして思考と創造の間にズレがあるんでしょうか。そして、死後だとズレがないのは、どうしてなんですか?

時間という幻想のなか幻想のなかで動いているからだ。身体を離れると、思考と創造のあいだにズレがなくなるのは、時間というパラメーターからも離れるためだよ。

質問者:言い換えると、何度もおっしゃったように、時間というものは存在しないってことですね。

あなたがたが理解しているような時間は存在しない。「時間」という現象は、視点の問題なのだ。

質問者:どうして、身体のなかに宿っているときには、時間が存在するんですか?

現在という視点に入り込んで、その視点で見るからだ。その視点を道具(ツール)として使うと、ひとつの出来事を分解し、徹底的に探求し、検討できる。

生命はひとつの出来事であり、宇宙でたったいま起こっている。すべては一度に起こっている。あらゆる場所で。「時間」はないが、「いま」はある。「場所(スペース)」はないが、「ここ」はある。

いま、そしてここ、それが存在するすべてだ。

だが、あなたがたは「ここ」と「いま」のすばらしさを細かく経験することを選んだ。いまここで現実を創造する者としての聖なる自己を経験しようとした。それができるのは2つ、経験の2つの分野しかない。「時間」と「場所(スペース)」だ。このすばらしい思いつきに、あなたは文字通り爆発的な喜びを感じた!爆発的な喜びのなかで、あなたは自分の各部分の間に「場所(スペース)」を創造し、ある部分からある部分に移動するのにかかる「時間」を創り出した。

こうして、あなたはひとつひとつを眺めるために、自分自身をまさしくバラバラに分解した。幸せのあまり「バラバラに」なったと言ってもいい。それ以来、あなたはバラバラになった自分を拾い集めているのだよ。

質問者:そう、わたしの人生は、そうだった!ようやく、バラバラな自分をひとつにまとめようとしているところです。そこに何か意味があるのだろうかと考えながら。

あなたが自分をバラバラにできた、つまり不可分のものを分解できたのは、時間という仕掛けのお陰だ。この仕掛けを使って自分を創造しつつ、もっと徹底的に見つめ、経験しようとしたのだ。

顕微鏡でモノを観察すると、それが本当は固体ではなくて、数百万もの現象の複合体であることがわかる。いっぺんに様々なことが起こり、それが大きな現象として現れていることがわかる。あなたは、魂を観察する顕微鏡として「時間」を利用しているのだ。

岩のたとえ話をしよう。

―あるとき、無数の原子、陽子、中性子、原子よりさらに小さな粒子がびっしりと詰まった岩があった。この粒子は一定のパターンで常に勢いよく走り回り、「ここ」から「あそこ」へと「時間」をかけて移動していたが、スピードがあまり速いので、岩自身は全然動いているように見えなかった。岩はただ、存在していた。日光を浴び、雨に打たれ、全く動かずにいた。

「この、わたしのなかで動いているものは何だろう?」と岩は尋ねた。

「あなただよ」と<遠くからの声>が答えた。

「わたしですか?」岩は聞き返した。「そんなはずはない。わたしは動いていませんよ。誰が見たってわかるでしょう」

「そう、遠くから見ればね」と声は応じた。「ここから見ると、あなたは静かで、どっしりと動かないように見える。だが、近寄ってみれば―すぐ側で観察すれば―あなたをつくりあげているすべてがうといているのがわかるよ。特定のパターンで信じられないスピードで時空を移動し、「岩」と呼ばれるあなたをつくり出している。あなたは魔法のようだね!動いているのに、動いていない」

「しかし」と岩は尋ねた。「それじゃ、どっちが幻想なんですか?ひとつの静かな岩ですか?それともバラバラに動いている部分ですか?」

これに対して、声は問い返した。「それでは、どっちが幻想なんだろう?ひとつの静かな神か?それともバラバラに動いている部分か?」

いいかね、この岩の上に、わたしは教会を築く。「歳月の集合の岩」だ。これが、あらゆるものに通じる永遠の真実だ。このささやかな物語で、わたしはすべてを説明した。これが宇宙論だ。

生命は一瞬一瞬の連なりであり、信じられないほど早い動きだ。この動きは、存在するすべての不動性に、全く影響を及ぼさない。岩の原子と同じで、その動きがあなたの目の前の静止状態を創っている。

この距離から見れば、バラバラなものは何もない。ありえない。「存在するすべて」、あるのはそれだけで他には何もない。わたしは、動かない動かし手だ。


「存在するすべて」を見るあなたの限られた視点からは、動かない「ひとつ」の存在ではなく、バラバラな部分、常に動き続けるおびただしい存在が見える。どちらの観察も正しい。どちらの視点も「事実」だ。


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神との対話〈3〉宇宙になる自分になる (サンマーク文庫)神との対話〈3〉宇宙になる自分になる (サンマーク文庫)
(2002/06)
ニール・ドナルド ウォルシュ

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【2008/03/15 21:00】 |
本当の自分を忘れなければ、本当の自分を創造することはできない
質問者:意図して思考を集中すれば、それが現実になるんですね。

その通り。唯一の違いは、結果を経験する速度だ。物質的な生命の世界では、思考と経験の間にズレがあるだろう。霊(いのち)の領域では、そのズレがない。結果は即座に現れる。

そこで、この世を去ったばかりの魂は、注意深く思考を監視することを学ぶ。考えた途端に、実現するからね。「学ぶ」という言葉を使ったが、これはまあ、言葉のアヤだな。「思い出す」という方が正確だろう。

物質的な世界の魂が、霊的な魂と同じくらい素早く効果的に思考をコントロールする方法学べば、人生はがらりと変わるだろう。個々の現実の創造に関しては、思考のコントロール(ひとによっては、それを祈りと呼ぶ)がすべてなのだよ。

質問者:祈り、ですか?

思考のコントロールとは、最高のかたちの祈りだ。だから、良いこと、正しいことだけを考えなさい。否定的なことにこだわり、闇のなかにいてはいけない。たとえ、物事が荒涼として見えても、いや、そういうときこそ、完璧さだけを見つめ、偉大さだけを表現し、それから、次にはどんな完璧さの実現を選択しようかということだけ考えなさい。

この公式に穏やかさが見出される。このプロセスに平和が見出される。この認識に喜びが見出される。

質問者:すごいなあ、すごい情報ですね。わたしを通して、その情報を伝えてくださったことを感謝します。

情報を伝えさせてくれて感謝するよ。あなたの頭はときどき、「すっきり」するらしいね。ときどき通りがよくなる。洗いたてのフィルターのようなものだな。目詰まりがなくなって、「オープン」になる。

質問者:うまいことをおっしゃいますね。

ベストを尽くしているのさ。では、要約してみよう。

身体から解放された魂は、すぐに注意深く思考を監視し、コントロールすることを思い出す。何でも考えた途端に創造され、経験となる。

もちろん魂が身体のなかに宿っているときでも同じだ。ただ、結果がそれ程すぐに出ないだけだ。思考と創造の間にある「時間」のずれ(何日、何週間、何か月、あるいは何年もかもしれないが)、それが、物事は自分が起こすのではなく自分の身に降りかかるのだという幻想のもとだ。

この幻想のために、自分自身が物事の原因であることを忘れる。この忘却も、「システムのなかに組み込まれて」いたプロセスの一部だ。本当の自分を忘れなければ、本当の自分を創造することはできない。だから幻想によって忘れるのには、ちゃんと目的があるのだ。

そこで、身体を離れ、自分の思考と創造のあいだに瞬間的で明確な繋がりがあるのを知ると、仰天する。最初は衝撃を受けるが、やがてとても楽しくなる。自分は経験を創造する原因あって、結果ではないことを思い出すからね。


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ニール・ドナルド ウォルシュ

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【2008/03/14 21:00】 |
ひとは死んだらどうなるか
質問者:ここで、死について話してもいいですか?この3冊目の対話では、より高い真実、宇宙の真実について話そうとおっしゃいましたね?これまでの対話のなかでは、死についても、死後どうなるかについても、あまり話してきませんでした。だから、いま話したいんです。いかがですか。

いいだろう。何が知りたい?

質問者:死んだらどうなるんですか?

どうなってほしい?

質問者:とおっしゃいますと、どうなるかは自分で選択できるということですか?

死んだら、創造しなくなると思うのか?

質問者:さあ、わかりません。だから、お尋ねしているんです。

なるほど、道理だ(ところで、あなたはもう知っているのだよ。だが、どうやら忘れたらしい。それはそれでよろしい。すべては計画通りということがから)。

死んでも、創造をやめはしない。こう言えばはっきりしたかな?

質問者:ええ。

よろしい。さて、死んでも創造をやめない理由は、死にはしないからだ。死ぬことはできない。あなたがたは、生命そのものだ。生命が生命でなくなることはできない。したがって、死ぬことはない。では、臨終のときに何が起こるか・・・生き続けるのだよ。

だから、「死んだ」ひとの多くは、自分が死んだとは信じられない。死を経験しないから。それどころか、自分を非常に活き活きと感じる(本当に、活き活きとしているからだがね)。そこで、混乱が生じる。

「自己」には身体がボロボロになって、じっと横たわっているのが見えるかもしれない。だが、「自己」はあらゆる場所を飛びまわれる。文字通り、空間から部屋を見下ろす経験もする。それから、あらゆる場所のあらゆるところに、いっぺんに存在する。どこかに視点を定めたいと考えると、たちまちそうなる。「おかしいな、なぜ、わたしの身体は動かないのだろう?」と不思議がれば、魂は(「自己」をこう呼ぶことにするが)、自分がじっと動かない身体を見下ろしているのに気づくだろう。

誰かが部屋に入ってくる。魂が、「誰だろう?」と思えば、その途端、その人物の正面に、あるいは隣にいる。こうして、ほんの短い時間に、魂は思考と同じスピードでどこにでも行けるのだということを学ぶ。魂は信じられないほどの自由と軽やかさを感じるが、思考のスピードであらゆる場所を飛び回るのに「慣れる」には、普通は少々、時間がかかる。

もし子どものことを考えたとすれば、子どもがどこにいようと、たちまち魂は子どもの側にいる。こうして魂は、どこへでも行きたいところに思考のスピードで行けるだけでなく、いっぺんに2つの場所にいられることも学ぶ。それでどろころか、3つの場所でも、5つの場所でも同じだ。

魂は困難も混乱もなく、いくつもの場所に存在し、観察し、そこで行動できる。それから、焦点を定めるだけでひとつの場所に戻り、自分と「再合体」する。

次の生命のなかで、魂は、この世でも覚えていた方がよかったことを思い出す。すべての出来事は思考が創り出すもので、それは意図した結果の現れということだ。


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【2008/03/13 21:00】 |
あなたは救済された。もう、「死後」に何が起こるのかと心配する必要はない
質問者:そう聞けば、大勢のひとが、セックスにまつわる罪悪感から解放されるでしょうね。

だから、言ったのだよ。セックスと好きなだけ戯れなさい、生命のすべてと戯れなさいとね!神聖なものと冒瀆的なものとを混ぜ合わせなさい。祭壇が愛の場に、寝室が究極の信仰の場に見えてくるまでは、何もわからないのだから。あなたがたは「セックス」を神とは別のものだと考えているのか?いいかね、わたしは毎晩、あなたがたの寝室にいるのだよ!

だから、前進しなさい!何の違いもないと見えてくるまで、俗っぽいものと深遠な者を混ぜ合わせ、すべてを一体として経験しなさい。それからさらに進歩し続ければ、自分がセックスを手放すのではなく、ただもっと高いレベルで楽しんでいるのに気づくだろう。生命のすべてはセックス、神とひととのエネルギー交流(Synegistic Energy Exchange)だから。

セックスとはそういものだとわかれば、生命のすべてが理解できるだろう。生命の終わり、あなたがたが「死」と呼ぶものさえ、理解できるだろう。死の瞬間、あなたがたは生命を手放すのではなく、ただ、もっと高いレベルで楽しんでいるのに気づくだろう。

神の世界では分離などないこと、神でないものはありえないことを理解すれば、そのときようやく、あなたがたは悪魔と呼ぶ人間の発明品を放棄するだろう。悪魔が存在するとしたら、わたしから離れたいという思いのすべてに存在するのだ。だが、あなたがたはわたしから離れることはできない。わたしは存在するすべてだから。

人間は人びとを脅して思い通りに動かそうと、悪魔を発明した。そうしないと、神から離れるぞと脅した。地獄の業火に放り込まれるぞという糾弾は、究極の脅し戦術だ。だが、いまはもう何も恐れなくてもよろしい。あなたをわたしから引き離すものは何もないのだから。

あなたとわたしは「ひとつ」だ。わたしがわたし、存在するすべてであれば、他のものではありえない。

なぜ、わたしがわたし自身を糾弾しなければならないのか?どうして、そんなことをするのか?わたしは存在するすべてなのに、他には何者も存在しないのに、どうして、わたしが自分を自分から引き離せるだろうか?わたしの目的は糾弾ではなくて進歩、死ではなくて成長、経験しないことではなくて、経験することだ。わたしの目的は存在しないことではなくて、存在することだ。

わたしをあなたから、それに何者からも引き離す術はない。「地獄」とは、この真実を知らないことだ。「救済」とは、この真実を完璧に知って理解することだ。

あなたは救済された。もう、「死後」に何が起こるのかと心配する必要はない。


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【2008/03/12 21:00】 |
宇宙の車輪
質問者:どうすれば、そんなことができるんですか?どうやって、やるんですか?

「思考によって引き上げる」。この通りの意味でね。チャクラと呼ばれるからだのなかの道を通って、「思考によって引き上げる」。生命のエネルギーが何度も引き上げられると、自分でもその感じがつかめるようになる。調度、性的な飢えを知るように。

エネルギー上昇の経験は実に崇高なものだ。知ればたちまち欲しくてたまらなくなる。しかし、エネルギーの下降、つまり基本的な情熱への飢えも完全には忘れないし、忘れるべきでもない。何度も言ったように、あなたがたの経験のなかでは、低いものがなければ高ものは存在しないのだから。一旦高く上ったあとで、また上る喜びを経験するには、下へ戻らなければならない。

これが、すべての生命の神聖なるリズムだ。身体のなかのエネルギーの移動だけではない。神の身体のなかの、もっと大きなエネルギーの移動も同じだ。

あなたがたは低次元の身体に宿り、次に高次の意識へと進化する。神の身体のなかでエネルギーを上昇させているのだ。あなたがたはそのエネルギーだ。最高の状態に到達すると、エネルギーをあますところなく経験できる。それから次の経験を選択し、それを実現するために相対性の領域のどこかを選ぶ。もう一度、自分自身になる経験をいしたいと思うかもしれない。実に偉大な経験だからね。そとときは、宇宙の車輪の上でまた、はじめからやり直すわけだ。

質問者:それは、「因果(カルマ)の輪」と同じものですか?

いや。「因果(カルマ)の輪」などは、存在しない。あなたがたが想像しているようなものはない。多くのひとはそれを、車輪ではなくてハツカネズミが回す車のようなものだと思っているね。過去の行動に対して代償を支払い、これ以上の債務を負わないようにがんばらなければならないと考えている。

それが、あなたがたの言う。「因果(カルマ)の輪」だ。西欧諸国の神学とそう変わらない。どちらのパラダイムでも、あなたがたは価値のない罪人で、霊的なレベルを上げるために罪を浄めなければならないとされている。

ところが、わたしが説明した経験、「宇宙の車輪」と呼ぶものには、価値のないものなどなく、債務の償いもなく、懲罰も、「浄化」もない。宇宙の車輪は究極的な現実を説明しているだけだ。宇宙論と言ってもいい。

それは生命のサイクルであり、わたしがときどき「プロセス」と呼ぶものだ。はじまりも終わりもないものを指す言葉だよ。すべてのものを結ぶ道であり、その道を通って、魂は永遠のなかで楽しい旅をする。これがすべての生命の神聖なリズム、あなたがたが神のエネルギーを動かすリズムだ。


質問者:すごいな、こんなにわかりやすい説明は聞いたことがなかった!こんなにはっきりとわかる日が来るとは思ってもいませんでした。

あなたは、明晰さを経験するためにここへやって来たのだからね。この対話の目的もそこにある。あなたが目的を達して嬉しいよ。

質問者:本当は、宇宙の車輪の上には「低次」も「高次」もないんだ。だって、そうでしょう?ハシゴじゃなくて、車輪なんだから。

すばらしい。すばらしい想像だし、すばらしい理解だ。だから、低次で基本的な動物的本野を非難するのはやめて、それをわが家へ戻る道として祝福し、称えなさい。


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【2008/03/11 21:00】 | 自然&宇宙法則
過去、現在、未来というのは、あなたがたがつくり上げた概念、発明した現実だ
質問者:それもまた、前に話し合いましたね。

ここで復唱してもいいだろ。過去、現在、未来というのは、あなたがたがつくり上げた概念、発明した現実だ。現在の経験にどう枠をはめるか、その文脈を創造するためだった。そうしないと、あなたがたの(われわれの)経験はすべて、重なりあってしまう。実際は重なりあっているのだ。つまり、同じ「時」に起こっている。ただ、あなたがたが知らないだけでね。「トータルな現実」を閉め出すために、あなたがたは視点というからに閉じこもった。

これから言うことの背景を知るためには、2冊目の対話を読み返してもらうほうがいいかもしれない。ここで言いたいのは、すべては一瞬のうちに起こっているということだ。何もかもだよ。だから、自分が「何者になろうとして」いるか、「何者である」か、「何者であった」かを、わたしは知っている。常に(always)知っている。つまり、あらゆる方法(all ways)を知っている。だから、わたしを驚かせる方法などないのだよ。

あなたがたの物語、この世のすべてのドラマは、経験のなかで自分を知るために創造された。また、自分が何者であるかを忘れることを目的としている。そうすれば、自分が何者であるかをもう一度思い出し、創造することができるから。

質問者:なぜなら、自分が何者であるかを既に経験しているとしたら、自分を創造することはできないから、ですよね。既に身長が180cmだったら、180cmに「なる」ことはできないから。そのためには180cm未満でなければならない。少なくとも、自分でそう思っていなければならない。

その通り。よくわかっているじゃないか。すべては既に創造されているから、創造のすべてを忘れる他なかったのだ。

質問者:よく、そんな方法を見つけ出したものだと思います。わたしたちはみんな「ひとつ」であり、その「ひとつ」こそが神であること、それを「忘れ」ようとするなんて、部屋にピンクの象がいるのを忘れようとするのと同じじゃないですか。どうして、それ程目がくらんでいられるかな?

あなたはいま、物質的な生命の秘密に触れたのだ。物質的な世界の生命が、あなたがたの目をくらませる。それでいいのだ。なぜなら、それこそとてつもない冒険だから!

忘れるために利用したのは、「喜びの原則」とでもいうものだね。すべての喜びのなかでも最高の喜びは、いま、この場の経験のなかで本当の自分をつくり出す喜びだ。そのために高いレベルでもう一度創り出そう、さらにそれより高いレベルでもう一度、創り出そうとする。それこそが、神の最高の喜びだ。

低次元の喜びとは、自分が何者かを忘れる喜びだ。だからといって、低次元の喜びを非難することはない。低次元の喜びがあるから、高次元の喜びが経験できるのだから。

質問者:肉体的な喜びがまず自分を忘れさせ、次に自分を思い出す道になるようなものですね!

そうそう、あなたが言ったとおりだ。肉体的な喜びを通じて自分を思い出すには、身体のなかにある生命の基本的なエネルギーを上昇させればいい。

あなたがたはそれを「性的なエネルギー」と呼ぶ。そのエネルギーは身体のなかにある円柱に沿って上昇していき、やがて第三の目と呼ぶ場所に達する。両目の間より少し上、額の内側だ。エネルギーは身体のなかを上っていく。内なるオーガズムのようなものだよ。



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【2008/03/10 21:00】 | 自然&宇宙法則
あなたは、存在することを選んだわたし自身だ。
質問者:そこのところは、わからないひともいるでしょう。わかるように、説明してください。

非常に特別な被造物だけが表現できる神の属性、それが創造者であるということだ。わたしはあなたがたの神話の神でも女神でもない。わたしは創造者、創造する者だ。だが、わたしは自分自身の経験のなかで自分を知ることを選んだ。ひとひらの雪で自分のデザインの完璧さを知るように、一輪の薔薇で自分の息を呑む美しさを知るように、わたしは自分の創造の力をあなたがたを通して知る。

わたしはあなたがたに意識的に自分の経験を創造する能力、わたしがもつ能力を与えた。

あなたがたを通して、わたしは自分のすべての側面を知る。雪の結晶ひとつひとつの完璧さ、薔薇の息を呑む美しさ、ライオンの勇気、ワシの威厳、すべてはあなたがたのなかにある。あなたがたのなかに、わたしはすべてを置いた。さらにもうひとつ、それに気づく意識を授けた。こうして、あなたがたは自意識をもつようになった。こうして、あなたがたは最高の贈り物を与えられ、自分が自分であることを知った。それこそがわたしだ。わたしはわたしであり、わたし自身を知っている。

わたしとして存在する者、それがわたしである、という言葉が意味するのは、そういうことだ。あなたがたはわたしの一部、意識し経験する一部である。あなたがたの経験(そして、あなたがたを通じたわたしの経験)、それがわたしを創造している。わたしは常に自分自身を創造し続けている。

質問者:それは、神は一定ではないということですか?あなたは、次の瞬間に自分が何になるかを知らないということなんですか?

どうしてわかる?あなたがまだ決めていないのに!

質問者:すると、こういうことですか。何もかも、わたしが決めているってわけですか?

そうだ。あなたは、存在することを選んだわたし自身だ。

あなたはわたしで、わたしがどんな存在であるかを選択する。何をするかを選択する。あなたがたは集団的に創造を行っている。ひとりひとりが自分は何者であるかを決め、それを経験する。さらに集団的にそれを行う。共同で創造行為を行う集団的存在、それがあなたがただから。

わたしは、あなたがた大勢の集団的経験なのだよ!


質問者:そして、本当に、次の瞬間に何になるかをご存じないのですか?

さっきのは冗談さ。もちろん、知っているよ。あなたの決定はもう知っているから、わたしがいま何者であるか、かつて何者であったか、次に何者になるのかを知っている。あなたが次の瞬間に何を選択するか、何をするか、何をもつか、人類全体が何を選択するか、何をもつか、すべてすんだことだ。そして、たったいま起こっていることだ!わかるかな?時などというものはないのだ。



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【2008/03/09 21:00】 |
あなたはわたしであり、いまのままで、わたしを表現している
質問者:本当に起こっていることとは、何ですか?

本当は、あなたがたの魂は想像できる限りの高い経験をしたいと願っている。そのために地球上にやって来たのだ。経験のなかで自分自身に気づき、自己を実現する(realize'つまりreal'本物にする)ために。それから、魂は肉体の喜びを発見した。

セックスだけでなく、あらゆるかたちの喜びだ。喜びに浸りきった魂は、徐々に霊(いのち)の喜びを忘れていった。

霊の喜びも喜びなのだ。肉体が与えてくれるどんな喜びよりも大きな喜びだ。だが、魂はそれを忘れた。

質問者:わかりました。で、歴史から離れて、ちょっと前のお話に戻りたいんですが。

それでも、歴史から離れることにはならないがね。いいかね、本当は、実に単純なんだ。

魂の目的、つまり魂が身体に宿った理由は、本当の自分になり、それを表現することだ。魂は自分を知り、自分を経験したいと願っている。

この知りたいという願いが、存在しようとする生命だ。表現することを選んだ神だ。あなたがたの歴史にある神は、本当の神ではない。そこが大事なのだよ。あなたがたの魂は、わたしが自分を表現し、経験するための道具(ツール)なのだ。

質問者:それじゃ、あなたの経験は随分と限られたものになりはしませんか?

そうなるね。ただし、そうならなければ別だ。あなたがた次第だな。どのレベルの表現になり、経験になるかは、あなたがたが選択する。偉大な表現を選んだひとたちもいる。イエス・キリストよりも高いレベルの者はいなかったが、しかし同じように高いレベルのひとたちは他にもいる。

質問者:キリストが最高の例じゃないんですか?彼は聖者じゃないんですか?

キリストは最高の例だよ。キリストは聖者だ。だが、聖者は彼だけじゃない。すべてのひとは「聖者(God made Man=神につくられたひと)」だ。あなたはわたしであり、いまのままで、わたしを表現している。だからといって、わたしを制限し、限りある者にしていると心配する必要はない。わたしはいまも昔も限りない。わたしが選んだのがあなただけだと思うかな?あなただけが、わたしが自分のエッセンスを吹き込んだ生き物だと思うかね?

いいかな、わたしはすべての花であり、虹であり、空の星であり、すべての星をめぐるすべての惑星上のすべてだ。わたしは風のささやきであり、太陽の温かさであり、それぞれが信じられないほど個性的でしかもこの上なく完璧な雪の結晶のひとつひとつだ。わたしは天空高く飛翔する威厳あるワシであり、野原の無邪気なハトであり、勇敢なライオンであり、古代人の智恵だ。

それに、地球上に見られるかたりに限られているわけでもない。あなたがたは、本当のわたしを知らない。ただ、知っていると思うだけだ。しかし、わたしがあなたがただけに限られていると思ってはいけない。神としてのわたしのえっせんす、最も神聖なる霊(いのち)があなたがただけに与えられていると思ってもいけない。それは傲慢な間違った考え方だ。

わたしはすべてに存在する。わたしはすべてだ。すべてはわたしの表現だ。「全」、それがわたしだ。わたしでないものは何もないし、わたしでないものは、ありえない。祝福される生き物としてあなたがたを創造したのは、あなたがたを通して自分自身の経験の創造者であるわたしを体験するためだ。


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【2008/03/08 21:00】 |
すべて、あなたが創り出した
質問者:しかし、「邪悪な者」がいるなんて、どうやって説得したんでしょう?

社会全体が理解していたことがひとつあった。「腐ったリンゴ」という理屈だ。女性たちでさえ、どうしても「ワル」になる子どもがいるのを経験上、知っていた。手がつけられないのは、特に男の子に多いことも、周知の事実だった。そこで、神話が創り出された。

ある日、と神話は展開した。偉大なる母、女神のなかの女神が子どもを産んだが、その子は良い子ではなった。偉大なる母が何をしようと、子どもは良くはならない。ついに、息子は母と玉座を失うまでになった。いくら愛情溢れる寛容な母であっても、これは赦せない。少年は永久追放となった。ところが彼は巧みに姿かたちを変え、衣装を変えて現れ続け、ときには偉大なる母になりすました。

この神話を聞いて、男性たちは尋ねた。「では、われわらが崇めている女神が本物の女神だと、どうしてわかるのだろう?不肖の息子が成長して、わたしたちを騙そうとしているのかもしれないではないか」。この仕掛けで、男性たちは他の男性たちを不安がらせ、次に、女性達が真面目に取り合ってくれないと怒りをかきたて、反乱を起こさせた。

いま、あなたがたが悪魔と呼ぶ存在は、こうして創られた。「悪い子ども」の神話を創り、そういう者がいるかもしれないと女性たちに納得させることは、困難ではなかった。また、悪い子どもが男の子だと言えば、みんな、そうだろうとうなずいた。男性は劣ったジェンダーだ、そうではないか?

この仕掛けで、神話上の問題がでっち上げられた。「悪い子」が男の子で、「邪悪な者」が男性なら、彼を力で抑えられるのは誰か。男性たちは狡猾にも語った。智恵や洞察、明晰さや思いやり、計画や思考なら、もちろん女性の方が勝っている。しかし、荒々しい力が必要なら、男性の出番ではないか?

それまでの女神の神話のなかでは、男性は単なる配偶者だった。女性の連れ合いで、従者として従え、壮絶な女神をことほぐ肉欲の祝祭のなかで、旺盛な欲望を満たしていた。ところが、男性は女神を守って、敵を討ち負かすことになった。変化は一夜にして起こったのではなく、何年もかかった。徐々に、本当に徐々に、社会は男性配偶者を霊的な神話のなかの保護者としてみるようになった。なにしろ、女神を守らなければならない敵がいるというのだから、当然、女神を守る保護者も必要だ。

保護者である男性から、平等なパートナーをして女神と並び立つ男性までの距離は、そう遠くなかった。男性の神が創造され、しばらくすると、神と女神がともに神話の主人公になった。

それから、これもまた徐々に、女神よりも神の役割の方が大きくなった。保護と力の必要性が、知恵と愛の必要性にとってかわった。神話には、新しい種類の愛が生まれた。

荒々しい力で保護する愛だ。だが、それはまた保護する対象を切望する愛でもあった。そして、女神に嫉妬した。単に女神の女性的な欲望に従えるだけではなくて、女神のために闘って死んだ。女神のなかに、巨大な力をもつ神々、形容し難いほど美しい女神をめぐって争い、戦う神が出現し始めた。

質問者:うわあ、すごいですねえ。

待ちなさい。そろそろ終わりだが、まだ少し話さなければならいことがある。

神々の嫉妬が女神だけでなく、生きとし生けるものすべてに拡大するのに時間はかからなかった。ひとは神を、嫉妬深く要求がましい神を愛した方がいい。それも、この神だけを愛するべきだ。さもないと!男性は最も力の強い種族で、神々は最も力の強い男性だったから、反論する余地は殆どないように見えた。神々に反抗し、敗れた者たちの物語りでき始めた。神々の怒りが生まれた。

まもなく、神性についての考え方が一変した。すべての愛の源である存在から、すべての不安と恐れの源である存在になった。愛のモデルはだいたいが女性的だった。母親が子どもに抱く限りなく寛容な愛から、あまり賢くないが役に立つ男性に対して女性が抱く愛まで。これが、不寛容で要求がましい神が抱く、嫉妬深く怒りっぽい愛に取って代わられた。劣る者に容赦なく、いい加減な者を許さず、どんな犯行も見逃さない神だ。

限りない愛を経験し、穏やかに自然の法則に従う楽しげな女神の微笑が、あまり楽しくはない神の厳しい面差しに取って代わられた。自然の法則すら凌駕すると宣言し、どこまでいっても愛に制約を加える神だ。

これが、現在あなたがたが崇める神であり、こうしていまのような事態になったのだ。

質問者:驚きました。すごく面白いし、意外な話です。でも、なぜそんなことを教えてくださるんですか。

すべて、あなたが創り出したのだと知っておいた方がいい。「力は正義なり」という考え方、「力ある物が強者だ」という考え方は、男性が創り出した神話のなかで生まれたものなのだよ。

怒りっぽく嫉妬深い神は、想像上の産物だ。だが、あまり長く想像し続けたので、実体をもち始めた。現在でも、あなたがたの一部はそれが真実だと思っている。しかし、それは究極の真実とは何の関係もないし、いま本当に起こっていることとも無関係だ。



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【2008/03/07 21:00】 | 男性と女性
何事からも、何ものからも離れていないというつもりで行動しなさい
あなたが分析してみせたとおりだ。そして、男性も女性も、自分で編み出した惨めさの悪循環の中で、過ちを繰り返し続ける。どちらかが、人生で本当に大切なのは力ではなく強さだ、と気づくまでは。また、大切なのは別々でいることではなく一体になることだと、両方が気づくまでは。なぜなら、内なる強さは「一体化」のなかに存在するから。別々でいると強さが消え、ひとは無力で弱いと感じる。そこで、権力を求めてあがく。

いいかね、お互いの不和を癒しなさい。別々だという幻想に終止符を打ちなさい。

そうすれば、内なる力の源を取り戻せるだろう。そこに真の力を見出せるだろう。何でもできる力だ。何者にでもなれる力だ。何でももてる力だ。なぜなら、創造する力は、「一体化」のなかにある内なる力から生じるのだから。神との関係でも同じだよ。それに、他の人間たちとの関係でも全く同じだ。

別々だと考えるのをやめなさい。そうすれば、「一体化」のなかの内なる強さから、社会全体としても、個々の部分としても、好きなように心の力をふるえる。

だが、覚えておきなさい。力は内なる強さから生まれる。内なる強さは、そのままの力から生まれない。殆どのひとが、ここを逆に考えている。

内なる強さのない力は幻想だ。「一体化」なしの内なる強さは偽りだ。この偽りは人間という種のためにならないが、あなたがたの意識のなかに深く埋め込まれている。あなたがたはバラバラな個から内なる力が生まれると考えているが、それは違う。神から離れ、お互いから離れてバラバラでいることこそ、すべての機能不全と苦しみの原因なのだよ。

それなのに、あなたががたは、バラバラな個でいることが強さだという顔をし続けている。

政治でも経済でも、宗教でさえ、この嘘を益々はびこらせている。この偽りがすべての戦争の起源でもあり、戦争につながるすべての階級闘争の起源でもあり、すべての人種やジェンダー間の憎しみの起源であり、憎しみにつながるすべての権力闘争の起源であり、艱難辛苦(かんなんしんく)につながるすべての内なる戦いの起源でもある。それなのに、あなたがたはその偽りにしがみついて放さない。自分の破滅につながっても、しがみついている。

よく聞きなさい。真実を知りなさい。そうすれば自由になれる。分離などない。お互いからも、神からも、何もかも、バラバラに離れてはいないのだ。この真実を、わたしは何度も、何度も語る。

何事からも、何ものからも離れていないというつもりで行動しなさい。そうすれば、明日にも世界を癒すことができる。これが、あらゆる時を通じて最も偉大な秘密だ。人間が何千年も探し求めてきた答えだ。人間が苦労して求め続けた解決策、祈り続けた啓示だ。

何事からも離れていないつもりで行動しなさい。そうすれば、世界を癒せる。これは、何かとともにある力のことで、何かの上にふるう力ではないことを理解しなさい。



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【2008/03/06 21:00】 | 自然&宇宙法則
悪魔の発明
質問者:ありがとうございます。わかりました。で、話は戻りますが、最初は男性に対して女性が力をもっていたんですね。男性は、部族の女性指導者から力をもぎ取るために、悪魔を発明したんですか?

そうだ。彼らは不安を利用した。不安が唯一の道具(ツール)だったから。

質問者:男性は、いまでもそうですよ。ときには、理性に訴える前に、不安を利用する。特に、身長の大きい男、強い男はそうです(大きな国家、強い国家も同じですね)。男は根っからそういうものだ、という感じさえします。細胞がそうなんじゃないかって。力は正義なり。強者は権力者なり。

そうだね。母系社会がくつがえされてから、ずっとそうだ。これから話す短い歴史で説明しようか。

質問者:ええ、どうぞ続けてください。お願いします。

母系社会の時代、男性が支配力を獲得するために必要だったのは、もっと力を与えろと女性を説得することではなくて、他の男性たちを説得することだった。

要するに、穏やかな暮らしが続いていたし、肉体労働をして役に立つところを見せ、それからセックスをする日々は、男性たちにとってもそう悪いものではなかった。もっとつまらない時間の過ごし方だってあるからね。だから、力のない男性たちが、力を獲得しようと他の力のない男性たちを説得するのは、容易ではなかった。ただし、不安を発見するまでは。

女性たちは不安を計算に入れていなかった。この不安は、疑惑の種を蒔くことから始まった。一番不満の大きかった男性が蒔いた種だ。だいたいは、一番「モテない」男性だね。腕力も魅力もなくて、女性たちに相手にされない男だ。

質問者:だから、彼らの不満は性的な欲求不満に根ざす怒りだろうと軽視されたんでしょう。

その通り。これら不満分子は、もっている唯一の道具を使うしかなかった。だから、疑惑の種を蒔いて、不安を助長しようとした。もし、女性達が間違っていたら、どうする?そう、かれらは尋ねた。世界を動かす彼女たちのやり方が最善ではなかったとしたら?それどころか、世界全体を、種族全体を、破滅に導こうとしているとしたら?

多くの男性たちは、そんなことを想像もしなかった。だって、女性たちは女神の直系ではないか?女性たちは女神の肉体的なレプリカではないか?女神は善ではないか?

この教えは極めて強力で、隅々まで行き届いていたから、男性たちは邪悪な者、悪魔を発明して、母系社会で想像され崇められていた、偉大なる母の限りない善に対抗しなければならなかった。



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【2008/03/06 21:00】 | 男性と女性
男性は悪魔をつくり、神は男性だと決めた
質問者:わくわくしてきました。どこから始めればいいでしょう?何から始めればいいですか?

どうしてこんなことになったかを振り返るにあたって、まず、あなたがたの社会が組みかえられた時代へ戻ろう。人間が支配的な種となり、感情をあからさまにするのはまずい、場合によっては感情を抱くことすらよくないと決めたときだ。

質問者:「社会が組みかえられた」とは、どういうことですか?何の話をしてらっしゃるんですか?

歴史の初期には、地球は母系社会だった。それから変化が起こって、父系社会が生まれた。この変化が起こったとき、あなたがたは感情を表現しなくなった。そんなことは「弱々しい」ことだとレッテルを貼った。この時代に、男性は悪魔をつくり、神は男性だと決めた。

質問者:男が悪魔をつくったんですか?

そうだ。悪魔は基本的に男性の発明だ。最後には社会全体がそれに従ったが、感情に背を向けたのも、「邪悪な者」の発明も、すべて母系社会と女性が感情によってすべてを支配していた時代への男性の反乱の一環だ。そのころは統治者の地位も、宗教的な権力者の地位もすべて女性が握っていた。

質問者:じゃ、男性にはどんな力があったんですか?

何もない。男性は自分の存在を正当化しなければならなかった。なにしろ、女性の卵子を受精させる力と、重いものを動かす力以外には、殆ど重要性がなかったからね。まあ、働きアリか働き蜂のようなものだった。肉体労働をし、子どもたちが生まれ、守られるようにしていたのだ。

社会の構造の中で、男性がも少し大きな場所を得るのに数百年かかった。氏族の行事に参加し、コミュニティの決定に発言したり、一票を投じたりするまでに、さらに数世紀かかった。男性にはそういうことが理解できるほどの知性はないと、女性たちに思われていたんだよ。

質問者:おやおや、ジェンダーの違いだけを理由に、ある階層の人びと全員に投票を禁じる社会があるなんて、想像しにくいですねえ。

あなたのユーモアのセンスはたいしたものだねえ。全く。で、先を続けよう。

数世紀過ぎて、やっと投票するチャンスを得た男性たちは、次に指導的地位を獲得したいと考えるようになった。他の影響力や力のある地位への道も、男性たちには閉ざされていた。

質問者:男性がついに権威ある地位を獲得したとき、子どもをつくるだけの、事実上、奴隷の様な地位からやっと抜け出したとき、彼らは立派にも女性と立場を逆転させたりせず、ジェンダーの別なくすべての人間にふさわしい敬意と力と影響力を女性に認めた、というわけですね。

ほらほら、またユーモア精神を発揮したな。

質問者:すみません。別の星の話だったかな?

さっきの話に戻ろうか。だが、「邪悪な者」の発明を取り上げる前に、力について少々、話そうか。なにしろ悪魔の発明では、要するに力が問題なのだから。

質問者:つまり、いまの社会では男性が権力ある地位をすべて握っているとおっしゃりたい、そうでしょう?機先を制するようですが、どうしてそうなったか、言わせていただけますか。母系社会では男性は女王蜂に従える働き蜂みたいなものだった、とおっしゃいました。肉体労働をし、子どもが生まれて、守られるようにしていた、と。それじゃ、言いたいですね。「どこが変わったのか?いまだって、同じじゃないか!」って。たいして変わっちゃいないさ、と言う男性はすごく多いと思いますよ。ただ、男性は、「割の合わない役割」を担い続ける代償を獲得しただけです。つまり、もっと権力をもつようになった。

もっとというより、殆どの権力だね。

質問者:しかし、皮肉ですよね。どちらのジェンダーも、自分の方が割の合わない仕事をし、相手は面白おかしく暮らしていると思っているんです。男性は、権力の一部を取り戻そうとする女性を恨んでいる。社会のためにこれだけ尽くしているのだから、権力ぐらい握らせてもらわないでどうする、と考えているんです。女性の方は、権力を独り占めにしている男性を恨み、社会のためにこれだけ尽くしているのに、このまま無力でいるなんて冗談じゃない、と考えている。



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【2008/03/05 21:00】 | 男性と女性
あなたがたは聖なる自己を閉じ込めてきた。もう、自分を自由にするときだ
質問者:過去が未来と、どんな関係があるんですか?

過去を知れば、未来の可能性ももっとよくわかる。あなたは、どうすれば人生がもっとうまくいくのかを尋ねに、わたしのもとへやって来た。どうして、今日あなたがいる場所にたどり着いたのかを知るのも無益ではないだろう。

わたしは、力について、そして強さについて、またこの2つの違いについて、語ろうと思う。それから、あなたがたがつくり出した、例の悪魔についても話そう。なぜ、どうやって悪魔をつくり出したのか、どうやって神は「彼」であって、「彼女」でないと決めたのか。

それから、あなたがたの神話で言われているのとは別の「本当のわたし」についても話そう。わたしという存在についてきちんと説明し、あなたがたが喜んで神話を宇宙論と換えられる様にしてあげよう。真の宇宙、宇宙とわたしの関係についての宇宙論だよ。生命とは何か、どのように働くのか、どうしてそう働くのかも教えてあげよう。この章では、そのすべてを話してあげるよ。

これがわかれば、あなたがたの種がつくり出したものを捨てる決心がつくはずだ。これから、新しい世界の構築、新しい現実の創造を取り上げるのだから。

わが子よ、あなたがたはあまりにも長く、自分がつくり出した監獄のなかで暮らしてきた。そろそろ、自らを解き放つときだろう。

あなたがたは5つの自然な感情を閉じ込め、抑圧し、非常に不自然な感情に変え、そのために、不幸や死、世界の破壊が生じた。

何世紀もの間、地球上の行動のルールは、感情に「ひたる」な、ということだった。

―悲しみを覚えたら、克服しなさい。怒りがこみ上げたら、押し殺しなさい。羨望を抱いたら、恥じなさい。不安になったら、そこから抜け出しなさい。愛を感じたら、コントロールし、限界をもうけ、じっと待ち、そこから逃げなさい。何をしてもいいから、とにかく、いまのこの場で思い切り愛を表現したりしないように―と言ってきた。もう、自分自身を自由にしてもいい。

実は、あなたがたは聖なる自己を閉じ込めてきた。もう、自分を自由にするときだ。



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【2008/03/04 21:00】 | 自我
第一に、それが現実だと認めることだ
質問者:どすれば変わることができますか?どうすれば、その悪循環を断ち切れますか?

尊敬する年長者たちに子育てをゆだねなさい。親は、会いたければ子どもに会えばいいし、一緒に暮らしたかったらそうすればいいが、子育ての責任を自分だけで負うことはない。

肉体的、社会的、精神的に子育てが必要とすることは、コミュニティ全体が満たしてやればいい。年長者の価値観に従って教育をするのだよ。

この対話の後の方で、宇宙の別の文化について取り上げるとき、新しい生活モデルの話をしよう。だが、いまのあなたがたの暮らしの構造のままでは、そのモデルはうまく働かないね。

質問者:どういう意味でしょう?

あなたがたのモデルが無益なのは、子育てだけではない。生活全般にわたっている。

質問者:もう一度伺いますが、どういう意味なんですか?

あなたがたは、互いから遠ざかってきた。家族を分裂させ、小さなコミュニティを解体して、大都市をつくった。大都市にはおびただしい群衆がいるが、ひとりひとりが集団全体への責任を感じるような「部族」、グループ、氏族などは数少ない。だから実質的には、あなたがたには年長者がいない。とにかく、手の届くところにはいない。

年長者から遠ざかるよりもっと悪いことに、あなたがたは彼らを押しのけた。片隅に追いやった。力を奪った。恨みさえした。そう、一部の者は年長者を恨み、システムに巣くう寄生虫だ、彼らが福祉を求めるから、若者の負担が益々多くなると責めている。

質問者:それはその通りですね。世代間闘争を予言する社会学者もいます。老人は益々多くのものを得るのに、貢献はどんどん少なくなると非難されている。いわゆる「ベビーブーム世代」が老いてきましたし、一般に長生きになったから、高齢者が増えているんです。

本当によい仕事ができるようになった頃に退職させ、彼らの参加によって進歩に何らかの意義がもたらされることに、積極的な意義のある活動から退かせる。

子育てだけではなく、年長者たちがかろうじて足がかりを得ている政治、経済、宗教でさえも同じことだ。あなたがたの社会は若者を崇拝し、年長者を追放している。

それに、複数社会ではなく、単数社会にもなっているね。つまり、グループではなく個人単位で出来上がっている社会だよ。社会が個人化し、若者化したために、あなたがたは豊かさや資源をたくさん失った。だから大勢が感情的にも心理的にも貧しく枯渇した暮らしをしている。

質問者:もう一度、伺いたいのですが、この悪循環を断ち切る方法はありますか?

第一に、それが現実だと認めることだ。あまりに多くの者が否定しつつ生きている。あまりに多くの者が、これほど明らかなことから目をそらしている。自分に嘘をつき、真実に耳をふさぐ。まして、語ろうとはしない。

このときは、また話そう。否定する、真実を見つめられない、認識できないというこの問題は、おろそかにできないから。それに、本当に物事を変えたいなら、まず、わたしの言葉に耳を傾けてもらいたいから。真実を優しく単純に語る時が来ている。用意はいいかな?

質問者:はい。そのために、あなたのもとへ来たのです。この対話が始まったのも、そのためでしょう?

真実は快くはないことが多い。真実を無視するまいと思う者だけが、真実に慰められる。そのとき、真実は快いだけでなく、インスピレーションのもとになる。

質問者:この対話三部作すべてが、わたしにはインスピレーションのもとです。どうぞ、続けてください。

将来が明るいと思える面もあるよ。物事は変わり始めている。ああたがたの種は、最近になってコミュニティづくりを強調し、拡大家族を築くようになった。しかも、若者たちはだんだん年長者を尊敬するようになり、彼らの人生に意義や価値を見出し始めている。これは有意義な方向へのすばらしい第一歩だね。こうして、事態は「方向転換」する。あなたがたの文化にも、それが起こったようだ。あとは前進すればいい。

変化は、一日では完成しない。例えば、子育ての方法が現在の思考の連鎖の起点だが、いっぺんに変えることはできない。だが、未来を一歩一歩、変えていくことはできる。

この本を読むのも、その一歩だ。この対話の中で、たくあんの重要なポイントを再び取り上げよう。無意味な繰り返しではないよ。強調するためだ。

さて、あなたが明日を築く考えについて聞いたのだったね。では、昨日の話しから始めようか。


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【2008/03/03 21:00】 | 教育
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