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「神との対話」 ~アセンション&意識変容~
「アセンション」が意味するものとは!ニール・ドナルド・ウォルシュの著書「神との対話」からのメッセージが、「あなた」を思い出す機会を与えてくれることを心より祈っています。
わたしのいるところには「悪」はないし、悪魔もいない。あるのは存在のすべて、それだけだ。すべてはひとつ。そしてその認識と経験だ。わたしの世界は、絶対の世界であって、そこでは、ひとつのものが他との関係によって存在しているのではなく、何ものからも独立して存在している。わたしの世界は、存在するすべてが愛であるところだ
もちろん、あなたの言う通りだ。ヒトラーは―誰もがそうだが―自由に選択することができる。そして、わたしが望む選択をしなかったからといって、そのひとを未来永劫に罰するという意志をわたしはもっていない。

もし、そうだとしたら、どうして「自由」な選択ができるだろう?わたしの望みに反したら、言語に絶する苦しみを味わうとわかっていたら、あなたは自分のしたいようにできるかね?それが自由な選択と言えるだろうか?

質問者:罰せられるということではないでしょう。単なる自由の法則ですよ。因果(カルマ)の問題だ。

あなたは神学の組み立て方を実によく勉強したようだね。それで、わたしを復讐の神だと考え、しかも、その責任をわたしに負わさないという工夫ができるらしい。

だが、どうしてわたしは自然の法則を創り―次に、自然の法則を超える力をあなたがたに与えたんだろうね?

あなたがたが自然の法則に影響されないことを望んだとしたら―わたしが生み出したすばらしい存在が、決して苦しまないようにというのがわたしの意志だとしたら―どうして、わたしはあなたがたが苦しむ可能性を残したりしたのか。

それに、どうしたあなたがたを昼も夜も誘惑し、わたしが創り出した法則を破らせようとしたりするのだろう?

質問者:誘惑するのは、あなたではない。悪魔です。

そら、またわたしには責任を負わせまいとしている。

あなたの神学を合理化する唯一の方法は、わたしを無力な神にすることだ、そこがわかっているのかな?あなたの論理の筋を通そうとしたら、わたしの論理には筋が通っていないというしかない、それがわかっていのかね。あなたは本当に、神は自分が創り出した存在の行動を、コントロールする力がないと思っているのかな?

質問者:あなたが悪魔をコントロールできないとは言っていません。もちろんあなたは、すべてをコントロールできる。だって、神ですよ!ただ、あなたはそうしないんだ。あなたは、悪魔にわたしたちを誘惑させて、わたしたちの魂を奪おうとさせているのです。

しかし、何のために?あなたがたが神の元へ戻ることを望んでいるとしたらどうしてわたしは、そんなことをするんだろう?

質問者:それは、他に道がないから行くのではなく、わたしたちが自ら選択して、神の元へ行くことを望んでいらっしゃるからです。あなたは天国と地獄を創り出して、選択できるようになさった。だから、わたしたちは他に道がないからその道を進むのではなく、自分で選択して行動できるんです。

どうして、そう考えるのか、よくわかるよ。あなたがたの世界をそんな風に創ったのはわたしだ。だから、あなたがたはわたしの世界も同じだろうと考える。

あなたがたの現実では、神は悪なしには存在しえない。だから、わたしの世界もそうなのだろうと、あなたは思う。

しかし、いいかね。わたしのいるところには「悪」はないし、悪魔もいない。あるのは存在のすべて、それだけだ。すべてはひとつ。そしてその認識と経験だ。わたしの世界は、絶対の世界であって、そこでは、ひとつのものが他との関係によって存在しているのではなく、何ものからも独立して存在している。わたしの世界は、存在するすべてが愛であるところだ。

質問者:そして、わたしたちが地上で考えたり、言ったり、したりすることの結果は何もないんですか?

おやおや、結果はあるだろう。周りを見てごらん。



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【2007/11/08 07:00】 | 正邪&善悪
ヒトラーは天国へ行った
質問者:おっしゃることは、わかるような気がします。でも、境界を―自分個人の境界ってことですが―変えているとは思えないんですが。そんなときも、ひとを殺すのは悪いことだし、盗むのも悪いことです。ひとを傷つけるのも悪いことですよね。わたしたちが自分を律している最大の概念というのは、時のはじめからあって、人間の殆どはそれに同意しているんじゃないでしょうか。

それじゃ、どうして戦争がある?

質問者:それは、ルールを破る人間はいつでもいるからでしょう。どんな樽にでも、腐ったリンゴがあるってことじゃないかな。

わたしがこれから言うことはとても理解しにくい、受け入れにくいと思うかもしれない。あなたがたのいまの思考システムで、真実とされていることに矛盾するからだ。

だが、あなたがたがいまのシステムのままで生きていくのなら、この対話は役に立たない。だからこの二冊目の本では、そういう概念と真っ向からぶつかっていかなければならない。しばらくは悪戦苦闘が続くだろうな。さあ、用意はいいかね?

質問者:ええ、そのつもりです。警告していただいて、感謝しますよ。でも、そんなに理解しにくくて、受け入れ難いというのは、どんなことなんでしょうか?

「腐ったリンゴ」などとうのはない、ということだよ。あるのは、あなたの考え方とは違った考え方をするひと、違う世界のモデルを作り上げているひとだけだ。

いいかね、どんな者でも、自分なりの世界モデルにてらせば、何も間違ったことはしていない。

質問者:それじゃ、その「モデル」が間違っているんじゃないですか。何が正しくて、何が間違っているか、わたしにはわかっていますよ。それがわからないひとがいるからって、わかっているわたしの頭がおかしいってことにはならないでしょう。おかしいのは、向こうの方ですよ!

残念ながら、まさにそういう考え方が戦争を引き起こすのだよ。

質問者:わかってます、わかってますよ。わざと言ったんです。みんなが言うことを、マネしただけです。でも、そういうひとたちには、どう答えればいいんでしょう?どんな答え方がありますか?

「正邪」に対するひとの考え方は、文化によって、時代によって、宗教によって、地域によって、・・・それどころか家庭によって、ひとりひとりの個人によって・・・いくらでも変わるし、変わってきたと言えばいい。ある時代に大勢のひとが「正しい」と考えたことが、例えば魔女だと思ったひとを火あぶりにするといったことが、現在は「間違っている」とされる。

「正邪」の定義は時代ばかりでなく、単純に地理にも左右される。地球上の活動のあるもの(例えば売春)はある場所では違法行為だが、ほんの数マイル離れたら合法行為になるではないか。誰かが「間違った」ことをしたかどうかは、行為そのものではなくて、どこでしたかによって判定される。

さて、そんなはずはない、理解できない、と言うひとがいるのはよく知っているがね。

ヒトラーは天国へ行ったのだよ。

質問者:そういう考え方は、受け入れられるかなあ。

この本の目的は、三部作のすべての目的は、新しいパラダイム、新しい理解、大きな視野、偉大な考え方を受け入れる準備を整えることなのだ。



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【2007/11/06 18:00】 | 正邪&善悪
自分とは何者かを決めるために「正しい」ことと「悪い」ことを作る上げている
質問者:目的のためには、どんな手段も正当化されるとおっしゃるんですか?

あなたはどう思う?

質問者:そんなことはない。絶対にありませんよ。

それなら、そうだろう。あなたはいま、ルールを作り上げている、まずそれはわかるかね?それで全く構わないのだ。それがわかるかな?あなたはそうすべきだからだよ!

人生とは、自分が何者であるかを決め、それを体験するプロセスだ。あなたは視野を広げながら、そこにあてはめるべき新しいルールを作る!自分についての考えを広げながら、新しい正邪や、イエスとノーでそれを囲む。それは、あなたが押し込んでおけない何かを「押し込んでおく」境界なのだ。

あなたは「自分」を押し込んではおけない。なぜなら、あなたは宇宙と同じく、限りないものだから。だが、あなたは限りない、際限のない自分自身について想像をめぐらし、何らかの概念を作り上げ、それから境界を受け入れる。自分を含めて何かを知るためには、ある意味ではその方法しかない。

際限がないものは際限がない。無限は無限だ。それはどこにでもあるから、どこにも存在しえない。あらゆるところにあるから、どんな特定の場所にもない。

神はどこにでも存在する。だから、特定のどこにも存在しない。どこかに在るということは、他の場所にはないということだから。それは、神には不可能なのだよ。

神にとって「不可能」なことが、ただひとつある。それは、神でなくなることだ。神は「神ではない」ことはできない。それに、自分らしくない存在にもなれない。神が「神らしくない」ことはできないのだよ。わたしはあらゆるところにいる、それしかない。そして、あらゆるところにいるから、どこにもいない。わたしがどこにもいない(nowhere)としたら、わたしはどこにいるのか?いまここに(now here)いる。

質問者:うまい!一冊目でもありましたが、いいですよ。とっても好きだなあ、そういうの!では、どうぞ、先をお続け下さい。

それはどうも。それで、少しはわかってきたかな?自分とは何者かを決めるために「正しい」ことと「悪い」ことを作る上げているのだということが、理解できたかね?そうした定義、つまり境界なしには、あなたは何者でもなくなる、それがわかるかな?

それに、わたしと同じで、あなたの場合も、自分とは何者かという考えが変化し、それについて境界も変化していることがわかるかね?



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【2007/11/06 07:00】 | 正邪&善悪
子どもと同じように、あなたも「正しい」と「悪い」の区別がつかない
質問者:自分の短所だの過ちだの、悪いところがみんな見えているのに、どうして偉大だなんて思えますか?

いいかね、悪というものはないのだよ!

質問者:そうだといいんですが。

あなたは完璧だ。あるがままで。

質問者:それも、そうだといいと思いますよ。

しかし、それが真実だよ!苗木だから完璧ではないということじゃない。幼い子どもも大人と同じように完璧だ。完璧そのものだ。彼らは自分の完璧さを損なうことなど、何もできないし、知らないのだから。子どもは過ちを犯す。立ち上がり、ヨチヨチ歩きをし、転ぶ。また立ち上がり、ヨロヨロと歩き、ママの足にしがみつく。だからといって、子どもが完璧ではないということになるかな?

とんでもない、その逆だよ!子どもは完璧そのものだ。欠けることのない、褒め称えるべき完全な存在だ。そして、あなたもそうなのだ。

質問者:でも、子どもは何も悪いことをしないでしょう!意識的に逆らったり、ひとを傷つけたり、自分を傷つけたりはしませんよ。

子どもには「正しい」と「悪い」の区別がつかない。

質問者:その通り。

そして、あなたもだ。

質問者:でも、わたしにはつきますよ。人殺しは悪いことだし、愛するのは正しいことだ。ひとを傷つけるのは悪いことだし、癒し、改善することは正しいことです。自分のものでないものを盗るのは悪いことだし、ひとを利用したり、不正直だったりするのも悪いことです。

その「悪い」ことがみな、正しくなる例をいくらでも見せてあげられるよ。

質問者:また、ふざけているんですね。

とんでもない。事実を指摘しただけだ。

質問者:どんなルールにも例外がある、とおっしゃりたいのなら、それはその通りですが。

例外があるなら、ルールではないな。

質問者:それじゃ人殺しは悪くない、傷つけたり、ひとのものを盗るのは悪くないとおっしゃるんですか?

それはあなたが何をしようとしているかによるだろう。

質問者:わかりましたよ。だけど、だからって、人殺しや傷害がよいことにはなりませんよ。ときには、良い目的のために、悪いことをしなければならないこともありますが。

それは、結局、「悪いこと」じゃない。そうではないか?それは目的のための手段に過ぎない。


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【2007/11/05 18:00】 | 正邪&善悪
殺人の正邪 その3
さて、殺害について考えてみよう。何かを殺す正当な理由などがあるだろうか?自分で考えてごらん。偉いひとに教えてもらったり、難しい情報を与えられたりする必要はないことがわかるだろう。

自分で考え、どう感じるかを見つけてみれば、答えは自ずと明らかになり、あたはそれに従って行動するだろう。それが、自らを権威として行動するということだ。

他者を権威として行動すると、わけがわからないくなる。国家は政治的な目的を達するためにひとを殺してもいいか?宗教は教義に従わせるためにひとを殺していいか?社会はルールに違反したものを殺してもいいか?

政治的矯正法として、宗教的説得法として、社会問題の解決策として、殺害という行為は適切か?

さて、誰に殺されそうになったら、あなたは相手を殺させるだろうか?愛する者の命を守るためにひとを殺せるだろうか?あなたが知りもしない者を守るためにはどうか?

殺されそうになって、他の方法では身を守れないとき、自衛のためにひとを殺してもいいか?

殺意のないひと殺しと計画的な殺人とは違うのか?

国家は、政治的な課題を達成するための正当なひと殺しもある、と信じるように仕向けるだろう。権力機構として存続するために、国家はその言葉を信じさせる必要があるのだ。

宗教は、自分たちが定めている真実を広め、教えを維持し、守らせるためには、ひと殺しもやむ得ない、と信じるように仕向けるだろう。権力機構として存続するために、宗教はその言葉を信じろと命ずる。

社会は、ある種の違反行為(その行為が何かは時代によって変わってくるが)を犯したものを罰するためには死刑も必要だ、と信じるように仕向けるだろう。権力機構として存続するために、社会はその言葉を受け入れさせなければならない。

あなたはこうした主張が正しいと思うか?他者の言葉をあなたは受け入れるか?あなた自身はどう思うのか?

こうしたことがらには「正しい」も「間違っている」もない。だが、あなたの決断はあなたが何者なのかを映し出す。

実際、国家はその決断によってそれぞれの姿を映し出してきた。宗教はその決断によって、いつまでも消えない印象を創り出してきた。社会も、その決断によって、いつまでも消えない印象を創り出してきた。



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④神とひとつになること
⑤神との対話 フォトブック-ちいさな魂と太陽
⑥新しき啓示
⑦明日の神
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